転んでもただでは起きるまい!であらん
2015年 03月 09日
気温は朝まだ冬日としては暖かかったけれど、日中逆に下がるらしい。
更年期障害か?血糖値が高いせいか?多汗に悩まされ薄着で過ごしているこの冬は、ちょっと冷んやりした空気が気持ち良い。
健康であらん!と太らないように努め、簡単な筋肉維持の為のリハビリには努めているけれど、
手術時の体重に戻すのはなかなか難しい。
チタンで止めてる腰の設計は、手術時の体型で成されているから、その時点を維持することは必須であることは理屈ではわかっているけれど、
歳とるに従って代謝が落ちることより、維持にも苦労と努力が必要。
頑張れるのは、家族を愛するがゆえ。
親や配偶者、時に祖父母の介護で思い悩みうつ病になり、自殺や殺人に追い込まれる人たちのニュースを見聞きする度に、夫や我が子たちにそんな思いだけはさせてはならぬと思う。
いざという時には、施設に入れるなり、大いに介護のプロを利用するなり出来るように、へそくりはしっかり貯めておく。
「ケチ」だと言われようと、(オレオレ詐欺のように)我が子に請われようと、先を思えば心は鬼にすべきかと思っている。
今の「快楽」は将来の「苦」を招く・・・を、心してはいる。
まぁ必ずしも理想通りにはいかないけれど(⌒o⌒;A
それに「先なんてどう転がるかわからないんだから、今を楽しもう!」という考え方も一理あると思う。
要はバランス。
偏った考え方に固執すると、柔軟性を欠いて生きづらい。
私はどちらかというとストイックな方だろう。
自分も病人で、いつ、突然動けない体になるかわからない。
夫の癌で気苦労もかなりした。
そんなせいで自分にも他人にもやや厳しくはなってしまうのかもしれない。
先月、夫が無事直腸癌術後丸5年を無事経て、がんセンターでの卒業試験を合格し、
夫も私もひとまずホッと安心したのか?ここのとこ夫婦仲はとても穏やか。
愛する家族を失う人もいる中、家族全員とりあえず無事でいられる今を有り難く思う。
夏には初孫にも会える。
憎んだこともあったし、もちろん離婚を願ったこともあったけれど、30年連れ添えて、孫に一緒に会えるであろうことを感謝する。
耐えきれず、新しい道そして望む幸せを求める夫婦も少なくないし、それはそれでいいと思う。
ただ、同じ方向を向いていれば、耐えるのも悪くはない。
そこから得るものはとても大きい。
ママ友に夫のDVに悩んでいた人がいた。
現場を見た訳ではないけれど、妊娠中でさえも殴る蹴るをされ、髪の毛をつかんで引きずりまわされたりとすさまじいらしかった。
「夫を殺して逃げよう。」と思い詰めるとこまでいったらしい。
「耐えるべきではない。」と当時は思った。
何故耐えるのか理解できなかった。
しかし、子供4人が皆成人し、孫まで持つ身になった今、
その夫婦の立場は完全に逆転していた。
その弱さを暴力でごまかすだけだった夫より、
打ちひしがれ耐え続けた彼女は強く成長した。
子供4人はもちろん彼女の見方だし、老いた夫はもう体力的に子供たちにはかなわないし、
精神的にあまりに強くなった妻にも敵わなくなった。
彼女は見事勝った。
「DVに耐えろ!」と言う訳ではない。
暴力は絶対良くない。
「転んでもただでは起きない!」という思いさえあれば、どう転がろうと必ず何かを得るし、
その得たものの価値は何にも代えがたい、とつくづく思っただけの話。
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