痛み止め薬と闘う

今日2度目の更新。

とはいえ、UPする時には日付が変わっているかもしれない。


どうしても、今日の整形外科での診察模様と、その結果を書き置きしておきたかった。

これはあくまでも「日記」なのだし、

ある意味、自分の生き方の方向性を前向きにする為に想いをつづる私のページだから。


午後、診察に夫同伴で行った。

診察室で、夫同伴ということで、担当医から夫へと今までの検査結果の説明をしていただいた。

腰のすべり症の再発は、確かに軽いもので、手術するほどのものではない。

それは、私も夫も、前回のすべり症の検査結果を散々見てきていたのでよくわかる。

前は腰椎4番が前方すべり、5番ば後方すべりでガタガタの状態だった。

手術前は、もう1分立っているのがやっとであった。


当時と痛む箇所や痛み方が違うのは、圧迫している神経の箇所が違うこともある。

しかし、今回の痛み方はどこか異常だった。

医師はそれがどうしてかわからないと言う。

そして、神経痛に効果があり、今はこのクリニックの患者のほとんどが処方されて飲んでいるという抗鬱剤サインバルタを勧められた。

初めて聞く名前だった。

何より、その手の精神薬は弱いことから抵抗感があり、それが表情に出た。

抗鬱剤は特にダメだ。余計に具合が悪くなるか、悪くするとぶっ倒れる。

社交不安障害と、病気に対する不安感から、特に緊張や不安感が強い時は、抗不安剤を頓服薬(調子が悪い時だけ飲む薬)として利用してきた。

長年、副作用の眠気が強いとのことから、寝る前だとメイラックス、

日中だと、頚椎症に効果があるというユーパンだった。

筋肉を柔らかくするから「痛み」に効果があるかもしれない、と先日デパスを処方してもらってみたが、余計具合が悪くなりダメだった。

その代わり、整形外科から処方されている神経性疼痛薬リリカカプセルが今まで1日50mgだったのが、1日225mgに増量されたことにより、

頭がぼや〜っとして緊張することも不安になることもなくなっていたので、頓服薬を飲む必要はなくなっていた。

しかし、もうかなり日常生活に支障はきたしている状態。

だいたい、リリカカプセル増量により、車の運転が禁止されたは、かなり行動範囲がせばめられた。

失ったものは多かった。

痛み止め薬リリカカプセルとトラムセットを減らすことを条件に、サインバルタを試してみることにした。

しかし、当初、医師は痛み止め薬の量はそのままでサインバルタを加えようとした。

それにストップをかけたは夫だった。

これ以上薬漬けにされるは危険だとの判断だった。

そして、どうも医師が夫に説明するのと、私に説明してきたのとで若干違いがあった。

首に関しても、「夫がせっかくいるので、説明願いたい」とお願いしたところ、過去のMRI検査写真を示してくれたのだけれど、あえて一番悪い映像を避けて、「たいしたことはないんです」と言う。

「えっ?!!Σ(◎o◎;) 私のことは随分と脅していたけど、何故?」と驚いて言葉が出なかった。

どうも、おそらく、過去、私より10以上は偏差値が高かったであろうこの人たちの魂胆は読めない。

第一、大抵の人が、私に対する態度と、夫に対する態度を変えるはいつものこと。

夫は、私や子供達にとってはずっと昔から変わらない、普通の「お父さん」なのだけれど、

初めて会った人は皆「893の幹部?」的な威圧感を感じ、恐れる。

要は怖いらしい。

いやいや、今や優しい「おじいちゃん」だと思うんだけど?(。゜)(゜。)? ハテ?


その様子を見ていて、この長年かかりつけだった医師に対しての私の信頼感はもろくも崩れた。

「もうこの人を信じて治療を受け続けることはできない。」

夫も「高度な温存療法」を理念に掲げていることは評価していたけれど、

ただ「薬漬け」にすることが高度とは思えない、との意見だった。

だって、この医師は、私にはいつもリハビリを受けるように勧めていたのに、この場では、そのリハビリさえも一部否定する発言をしたのだ。

私が、今後の進行を防ぐ手立てを訪ねたら、

医師「なる人はどうしたってなります。そういう体質ですね。もう生まれた時から決められているんですよ。いくらリハビリで運動しても、筋肉をつけても、なるものはなる。」とのこと。

私「医療用コルセットで負担を軽減しても防げませんか?」

医師「無駄です。」

じゃあ何故リハビリ科へ患者をまわす?

私に、右足の変形性股関節症が末期になっても、手術よりリハビリを勧めたのはなんだったの?

首も、リハビリをさぼっていた私にしつこくリハビリ科に行くよう指示していたのは何だったの?

寝る時に首に頸椎カラーをするよう指示したのは何だったの?

患者に、リハビリ科にまわるように指示する時、
「リハビリをしても、良くなるかどうかはわかりません。悪化するものはどうしたって悪化しますから。それでも、可能性を賭けてチェレンジしてみますか?」とまず聞くことはない。

その矛盾に、もうこの人は経営者なのだ・・・と気づいてしまった。


開業した年から通院している。

あの頃は、まだ医師だったと記憶している。

あれは2009年だったか?2010年だったか?

この人は経営者になってしまったのだ。

信頼して通っている患者は多い。

けれども、私はもう通えない気がした。


帰宅後、夫と話し合った。

夫はすでにネットで「痛み止め」に関する情報をかなり調べ混んでいた。

痛み止め薬が「痛み」を呼ぶ、ということは私も知っていた。

今回の、物理的疾患に比べ、痛みの強さが異常なのは、長年痛み止め薬に浸った脳が、薬を求めて「痛み」を発しているのも、なんとなく気づいてはいた。

でも、それから目をそらそうとしていた。

痛み止めを抜く時の痛みは並大抵じゃないことを経験から知っていた。

以前、引越しで忙しく、痛み止め薬が切れたけれど、なかなか整形外科に行けず、3日ほど薬を飲まずにいた。

その頃は痛みはひいていて、なんとなく惰性で飲んでいた。

だから止めるにちょうどいい、と思った。

飲まなくても、痛みは出ず、安心していた。

しかし3日後、いきなり激痛が起こった。

それまで経験したことのない痛みだった。

耐えられず、すぐ整形外科に行き、いつも処方していただいていた薬をもらい飲んだら、すぐに痛みはおさまった。

それからは、怖くて、痛みがおさまっている期間も、決して服薬をやめることはなかった。

痛み止め薬を体から抜くべく方法を、あれこれ夫がネット情報で教えてくれた。

それが正しいのかどうかはわからない。

第一、痛み止め薬を止めること自体、指示する医師もいれば、否定する医師もいる。

指示する医師によると、湿布も薬と同じ効果なので貼らない方がいいとのこと。

痛みは危険信号。

痛み止めは血流を悪くすることによって、いっとき痛みを止めるそう。

血流が止められることによって、治りが悪くなり、その効果が薄れた頃、再び痛みを発する・・・その繰り返し。

そのうち自己免疫力もどんどん落ちていくそう。

まずは血流を良くし、自己免疫力を上げる必要があるとのこと。

痛み止めは決して疾患を治すものではなく、「痛み」をいっとき感じなくさせるもの。

「痛み」をいっとき感じさせなくする行為が、疾患を治そうとする自己免疫力を失わせるという仕組みになっている・・・というのが、痛み止めを否定する医師たちの説。

その説に医学的根拠がない、と否定している医師たちが多数派・・・そりゃ薬を処方した方が楽に儲かる。病院を経営するには、スタッフの生活もかかえるし、開業時にかなりの借金もしているので、赤字を出す訳にはいかないのだ。理想ばかりは言ってはいられない。


実際、どちらが正しいのか、素人にはわからない。

ただ言えるのは、どの治療法も、最終的に選ぶは患者自身だということ。

自分がどう生きたいか、と同様に、自分がどういう治療法を望むかだ。


今まで、いつのまにかあきらめていた自分に気づいた。

闘ってみよう。

負けるかもしれないけれど、闘ってはみよう。

痛み止め薬は止めよう。

かなり増量された痛み止め薬をいっきに止めるはかなりの痛みが反動として返ってくるは必至。

とりあえず、極限まで最小限に減らして様子をみよう。

そして、0にしてみよう。

長い闘いになるかもしれないし、

きっとものすごく痛くて、のたうちまわることにもなるだろう。

でも、闘い抜いた人のブログから、闘うコツを知ることができるは有り難きネット時代。

10年前だと、ここまで多くの情報が容易には得られなかった。

できることは、週に3日は午後10時には寝ること。

1日に2、3回風呂に入る・・・朝、晩の2回は入れる。

朝食は抜かす。昼食と夕飯のみ食す。

痛くてどうしようもない時は休む。


現実、物理的首の疾患も腰の疾患もある。

年に一回は進行具合はMRI検査はした方がいい。進行具合は知っておいた方がいい。

被曝しても嫌だから、2年ごと、交互でいいのかもしれない。

そりゃ痛みが再び出たら検査はした方がいい。

両乳房の腫瘍の進行具合を調べるマンモ検査も年に一回せねばならない。

今年も、ゴールデンウィークの後に検査予約を入れねばならない。

闘いはなかなか大変そうだけど、さすがに今回は、ちょっと勇気が湧いている。

何故だろう?

多分、あきらめてる自分にも嫌気がさしてきたってこともあるし、

そろそろ闘ってみたい気がしている。

最後の闘いになりそうな気がしている。

格好良く闘ってみせたい気がしている。

いや、格好悪くていい。闘ってみたいのだ。

アルトサックスを続けたい、と願ったように、

もう、私は私をあきらめたくない・・・最後は花吹雪散らそうぞヾ(@⌒▽⌒@)ノ


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by sizhimi | 2016-04-14 01:07


頚椎後縦靱帯骨化症、腰椎4、5番は変性すべり症によりチタンボルトで固定手術済み、右脚人工股関節、腰椎椎間板ヘルニア手術済み、腰椎2、3番変性すべり症&両手親指付け根変形性関節症温存療法中とあまりの疾患の多さに自分でも忘れ、あきれている整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


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