疲れた体と朝寝坊
2016年 04月 26日
朝から暖かく、そのせいか?家族全員寝坊(大連出張中の夫除く)。
アラームを消したは覚えているけれど、それからほんの10数分しかたっていない気がして、なんとか布団から出た。
リビングの時計を見ると7:30!Σ( ̄□ ̄|||)
驚き、娘に「今日は大丈夫なの?」とドアごしに声かけると、
「大丈夫じゃない!」とすっげえ顔で慌てて出てきて、大急ぎ。
8時前には出たから、すごい勢いで支度して研究室へ行った。
「わざわざ帰ってこないで、研究室の床で、寝袋で寝たら?」「それでトイレで体拭いてりゃいいじゃん」と以前言ったら、
「そこまで女を捨てたくない。」と言っていたけれど、
いやいや、すでに結構女を捨てている┐( -“-)┌。
彼氏が同じ研究職だから見慣れている姿であって、一般男子ならあきれること必至。
華やかな女子に奪われぬよう、必ずつなぎとめといて欲しい・・・「行かず後家」になられては困る。
しかし、当時を振り返ると、私もあんなものだった。
それも風呂なんてない4畳半共同トイレの大学近くのアパートに住んでいたのだけれど、
銭湯の時間が11時。
それに間に合わねば風呂には入れない。
時に入浴料がなくて入れないない時さえあった(⌒o⌒;A
デオドラントスプレーなんて、当時あったっけ?
いや、あっても買えなかった( ̄~ ̄;)
多分「臭い女子」だったかと思う。
その上両切りタバコをプカプカふかしていた・・・親友も同じだった。入浴料がなくとも、タバコと酒は買った。
しかし、周囲の女子のほとんどが同じようなものだったので、あまり気にもしなかった。
同大学の男子はそのせいか?近くのポン女(日本女子大学の通称)狙いだった記憶がある。
いやいや、酒とタバコにおぼれていたあの女子大生時代を思うと、
酒もタバコもやらない今の私は人が変わったみたいだ・・・夫の癌の時に、私は禁煙外来でタバコはやめた。
しかし、当時の不摂生がたたったか?今日も体がギシギシ。
昨日は休み、休み、冬物衣料の整理をしていた。
せっせと洗濯。
せっせと毛玉とり。
せっせとアイロンかけ。
大事に、丁寧にしまっておけば、来冬も活躍してくれる。
可愛がってやれば、たいした服ではなくとも、着た人間をそれ以上に見せてくれるというものだ。
物はあまり持たない主義だけれど、持ってる物は可愛がる。
ちゃんとその想いに物だって応えてくれる・・・と信じてる。
今日もその作業が残っているし、
午後はお出かけの用あり。
あ〜、ゴロゴロしていたいジタバタo(>
今読んでる本が中村うさぎの『他者という病』。
彼女が病気で突然死(心停止)し、生還したけれど、薬の副作用で人格崩壊し、その後の復活までの過程を書いたものなのだけれど、
うさぎさんの臨死体験によると、死は、「スイッチを切った」ように突然ブラックアウトするだけで、
ブラックアウトした後あるのはただの「無」。
それは「生」による喜びないけれど、苦しみもない、全くの「無」で、楽だという。
全ての概念が消えてしまい、何もなくなるのだから、その世界には「苦」はないのは当然だ。
へたに生還した後の方が、復活するまでの過程、彼女はとても苦しんだ。
この本の話はまた後日ということで、
死が「無」で楽ならば、楽にもなりたいが、残念ながら、「死にたい」という欲求は今はないし、
まだまだスッカスカのこの器にもう少し何かを詰めておきたい厄介な欲求だけはある。
頑張って、動き出すとするか~( ̄△ ̄~)(~ ̄△ ̄)~
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