思い出になるならば

今日は曇り。

昨日からだけど、日課の不動尊参りと老犬チャンプの散歩中、もうセミの声を聞くことはなかった。

「突然だな」って感じ。

ヒグラシの声を季節外れの7月上旬に耳にし、ちょっと寂しい気分になったものだけど、

それ以後は最後までアブラゼミとミーミーゼミの声を聞き、

そしてそれらは突然消えた。

ここら辺は彼岸花も早くに咲き、この時期は消える。

ふと「臭い」と見上げると、銀杏の木が熟れた身をたわわにぶら下げていた。

a0152078_12244984.jpg

昨日は1時間ほどソプラノサックスを吹いた。

毎日アルトサックスを吹いていたこの春までとはすっかり日々のリズムが変わってしまった。

首(頚椎後縦靭帯骨化症)の手術に怯え、3kgのアルトサックスを首に下げる勇気が出ず、

手だって両手とも親指の付け根が軟骨が磨り減った変形性関節症で常時痛くなっていたけれど、

サックスにしがみつき、「サックスをやめる」という決断が出来ず、

でもなんとなく「もう以前のようには吹けない」は気づいていて、

私には医療費がかかっているし、これからもかかることから、これ以上経済的負担を夫にかけたくなくて、

可愛がっていた2本のアルトサックスを下取りに出し、1本のソプラノサックスを手に入れた。


当初はカーブドを希望していたけれど、欲していたカーブドは今の私には高額過ぎたし、

ストレートより重量があったので、より「軽量」を選択した。

「最後のあがき」ってとこだ。


しかし、手の変形性関節症の痛みは徐々に増していった。

それでも吹けば楽しかった。

けれど、手を考慮して、また身体上の都合から一つ一つ動きが遅いので、

家事にも時間がかかり、以前のように毎日は吹けず、

手の痛みも手伝い、週に1、2回吹ければいいようになっていた今日この頃だった。


a0152078_14514965.jpg
昨日、さすがに観念した。

痛みに耐えるのに精一杯で、演奏に集中できない。

譜面のおたまじゃくしを追うだけで、

「どう吹いたらいいか」

「どう表現したらいいか」

「私好みの音を出すにはどうしたらいいか」

等なんて、毎日アルトサックスを吹くのに夢中になり、

朝目覚めると「今日も吹く時間が持てるように頑張ってさっさと活動しよう!」と思っていた頃とは違ってしまっていた。

a0152078_14545684.jpg

気づいてはいた。

でも認めるのが怖かった。

5年間、闘病生活の心の支えになっていたものだから、

それを諦めれば、心が折れてしまう予感がしていた。

第一、アルトサックスの前1年半ドラムに夢中になり、それが闘病生活のつらさを支えてくれていたし、

そのドラムを右脚と腰の都合でやめざる得なかった時は泣き、

くじけそうな心をドラムに代わって支えてくれたのがサックスだった。


でも認めずとも、気づいてはいたから、どうしても心のエネルギーは枯渇していった。


昨日はさすがに「私のこの手じゃあ、楽器演奏は無理だ。」と認めざる得なかった。


首を考え「ピアノならどうだ?」と考えた時期もあったけど、

親指を動かす度に激痛がくるならば、「楽しい」がただただ痛みに耐えるだけで「つらい」になるのは同じこと。

まだ末期ではないから手術にはならないけれど、

手術して日常生活に痛みが伴わなくなっても、「楽器演奏を日々楽しむ」までは難しかろう。

それに、今回の腰の手術みたいに後遺症が残らないという保証もない。


日常生活優先だ。

プロならとにかく、素人の「趣味」に過ぎないのだから当然だ。


たまには出して吹けばいい。

ちょっとの時間楽しむぐらいならまだ出来るだろう。


こうなるならば、記念にアルトサックスを、ヤナギサワのアルトサックスを残しておけばよかったとちらっと思うけど、

いつまでも後ろ髪ひかれるだけで、やめざる得なかった自分の体を憎むのも避けた方がよかろう。

これで良かったんだと思う。

全てがいつの日かちゃんと思い出になる。

ちょっとした「おばあちゃんの過去自慢」にでもなればいい。

a0152078_15024489.jpg

師が、「また後で連絡する」とメールしてからそのまま放置されているレッスンだけれど、

師はばっくれたのではなく、「もうやめなさい」という意思表示だったのだと今は思っている。

「その手じゃあ無理だ」は言うに言えなかったのだろうと・・・。


誰かに言われるのじゃなく、自分で決めねばならぬことだから。

そうじゃなきゃ、「もしかしたらまだ続けられたんじゃないか?」が残っちゃうから。


ただ、ならば、もう少し落ち着いたら、5年間指導してくださった御礼をきちんと会って言いたいな。

まったくの初心者で、サックスの種類も知らなかった私に、

闘病中の希望を与えてくれたのがサックスだったから。

その5年間にちゃんと「ありがとう」を言いたいと思う。


でも、「言えないままでいいのかもしれない」とも思う。

「ありがとうございました」を言ったら、それで本当にもう最後だから。

a0152078_15171711.jpg

首の件でアルトサックスをやめる時、一度メールで「ありがとうございました」を言っちゃってるけど。

やはりソプラノサックスでもう一度サックスにしがみついてみたいという意思をメールで伝えた時、

レッスンをしてくれるという話だった。

それっきり保留のままでいいのかもしれない。

保留のまま、記憶から消えていくか、

思い出になるか、わからない。

ただ、思い出になったならば、笑顔で語れる思い出になって欲しいものだ。





by sizhimi | 2017-09-20 15:17

頚椎後縦靱帯骨化症、腰椎4、5番は変性すべり症によりチタンボルトで固定手術済み、右脚人工股関節、腰椎椎間板ヘルニア手術済み、腰椎2、3番変性すべり症&両手親指付け根変形性関節症温存療法中とあまりの疾患の多さに自分でも忘れ、あきれている整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


by たまごふりかけS