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夫へ

私たちはよく喧嘩する夫婦でした。

仲良い時も多かった筈なのに、

何故か喧嘩した想い出ばかり浮かんで来ます。

そして、

10年先も、20年先も、30年たっても、

相変わらずあなたと夫婦喧嘩してたいです。
by sizhimi | 2010-02-28 00:07

無題

夫の退院が3月1日の月曜日に決まった。

その前に、担当医から話があるということで呼び出された。

話は夫と2人で聞いた。

当初、ステージ1の早期の直腸癌で、手術も成功し、予定していた人口肛門にもならなかったし、

退院後も、抗がん剤を飲むこともないという話だった。

要は、その小さながん細胞を取ってしまえば、今後何一つ変わらない筈だった。

念のため手術ではリンパまで切除した。

「念のため」だった。


病理検査の結果、
小さな悪性の癌腫瘍は、珍しい転移性の高いものだったそうだ。

念のため切除したリンパからは多くの転移腫瘍が発見された。

切除した以外にも転移している可能性は否定できないものだった。

転移し再発する可能性があるのは肝臓と肺だそうだ。

再発率は30%。

予定していなかった抗がん剤治療を今後行わねばならない、とのことだった。

ステージ1と当初みられたいたものは、

ステージⅢaと診断された。

退院後、一週間後から抗がん剤を4週間服薬。

一週間休み、再び4週間服薬。

それを、とりあえず5クルー、半年続けて様子を診る。


喜びは一転した。


それでなくても、今回の手術の後遺症で、夫は排便障害に困っていた。

便意をもよおした時には間に合わない。

投与される抗がん剤の副作用は個人差があるけれど、メインは下痢だそうだ。

排便障害を背負った夫には、生活に支障をきたすことは見えていた。


夫は50歳。

まだまだ働かねばならない。

高卒の夫は、頑張って頑張って、上場企業の取締役まで上がった。

25年彼を見て来た。

そりゃ、その中で、家族を顧みる余裕もなく、私はかなり泣いたけれど、

私たちは一緒に生きて来た。

今、夫の心の中はわかるつもりである。


「たばこ吸ってくるね」と病室を出て、

がんセンターの庭の隅で私は泣いた。

夫も今、声もあげずに布団の中で泣いているかもしれない。


戻りたかった。

知り合った頃に。

私は新卒の事務員で、先輩社員で現場の夫のクルーが会社に戻ると「お疲れさまでした」と声をかけた若き頃に。


珍しく、娘が帰宅する私の為に、風呂を湧かして待っていてくれた。
by sizhimi | 2010-02-27 22:30

銀婚式

夫は退院間近です。

今日は退院後2度とこんなとこ(がんセンター)に来なくて済むように、

栄養学講習を夫婦で受ける為、いつもより早く病院に行かねばなりません。

この2週間、いろんな事がありました。

不器用な夫に、

不器用な妻の私。

性格は全く違うのに、そんな不器用さはそっくりで、

自分の不器用さが嫌だったり、情けなくなったりしてきたけれど、

今、やっと、その不器用さに誇りが持てるようになった気がします。


夫の手術日の2月16日は、

私たち夫婦の結婚記念日でした。

25年です。

銀婚式でした。

手術室と家族控え室、ICUで過ごした銀婚式でしたが、

私たちらしい銀婚式だったのかもしれません。

勉強になりました。

感謝してます。

そして新たなスタートを、私たち夫婦は歩み出します。

50年・・・・・・金婚式に向けて。
by sizhimi | 2010-02-26 05:25

コメント

最近、急に変なコメントが書き込まれるようになりました。

いつもハンドルネームを変えて3件続けて書き込まれるコメントの内容は、
アダルトの猥褻な内容です。

そのハンドルネームをあたってみると、必ず同じアダルトサイトに行き着きます。

ここ最近現れ、2日おきぐらいに書き込まれる。

いつも承認不可で削除して、気にとめてませんでしたが、

日々の家事等や夫の見舞いで疲れている神経には徐々に触るようになりました。

こういった苦情はエキサイト本部に通報すればよいのでしょうか?

外部から入って、外部のアダルトサイトにつながるようになっているので、エキサイト本部も手が打てないような気がしてます。

コメントを受け付けないようにやはり設定しなおすしかないのでしょうか(-o-;)

わかる人教えて下さいm(u_u)m


次またアダルトさんに書き込まれたら、
コメント拒否設定にします(*´Д`)=з
by sizhimi | 2010-02-22 22:53

病室から見える夕日

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2010年2月21日午後5時
by sizhimi | 2010-02-21 18:54

がんセンターにて

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土日祭日の面会時間は午後1時〜午後8時。
平日より2時間早く始まる。

ハウストマト農家を営む夫の父は、
寒くなる前にハウスを閉めたり、ハウス内の温度を調整せねばならないので、
早く帰る為、始まりの午後1時に着くよう遠方から息子の見舞いに来た。
1人じゃ危ないので、夫の妹夫婦も同伴してくれた。


80近い義父は、赤ら顔にえらくハイテンションだった。

酒に酔ってる訳ではない。
義父は酒もたばこもやらない。
家族の為、高校を中退し、
ただひたすら働いてきた人だ。
厳しい人だが、厳しい事を言えるだけ、いや、それ以上のことをしてきた人だ。

そして、血はつながってないのに、
義父と私の性格は妙に似てる。

故に、尊敬しているけど、頭にくることが多いのかもしれない。


今日は早めに午後6時に病院を出る予定だったが、
突然、夫が「頭が痛い」と言い出した。
血圧がかなり上がっていて、アイスノン枕で頭を冷やし、症状がおさまるまで安静となる。

心配ゆえ、結局、私は最終時間午後8時まで夫と共にいた。

最終時間になると、夫もあきらめがついたのか元気になった。

まぁ、ここ連日そんな感じ┐(´ー`)┌

帰宅したら、酒飲んで、食って、寝よう(-.-;)
by sizhimi | 2010-02-20 20:40

雪と腹痛

夫の病気が発覚してから私もストレスがたまっていたのだろう。

12月頃から時々下腹の痛みに悩まされていた。

痛みは着実に頻繁になり、
2月に入ると、ほぼ毎日痛かった。

昨日朝、カーテンを開くと、こちらでは珍しいしっかりとした雪が降っていた。
「綺麗だな」
どころじゃない。
下腹、激痛。

従姉妹と親友を若くして子宮癌で亡くしてる私は「子宮癌」しか思いつかない。
雪の中、スタッドレスにしてないマイカーで病院に行くのも怖い。
兎に角、近くで、婦人科で、検査設備のある病院…行ってみた。

幸い子宮も卵巣も異常はなく、
婦人科系の病気はなかった。

腹部のレントゲンにより、腸内が宿便で詰まってる(>_<)

消化器科にまわされたが、
運悪く、その日はアルバイト医。
若い女医さんだったが、この世にある全ての『感じ悪い』を集めたような人で、腹が痛いのも重なって、私の『むかつく』は徐々に頂点へ(-_-メ

その女医、大腸がこんなになった原因を判明しないと薬は出せない、と言う。

それはいい。
しょうがあるまい。
腸の内視鏡検査をしないと判明できない、と言う。

それもいい。
許そう。

「歳も歳だから、一度は内視鏡検査した方がいいですからね。」
そんな事、よく、刺々しい事務的口調で言えたもんだ(((゜д゜;)))
仮にもまだ40代だ。
「歳が歳」

えっ!?

若いからって、
ちょっと美人だからって、
頭が良くて医者だって、

他人に対するマナーつーもんあるだろ(#`ε´#)

ただ、気の小さい私は、
その場で、
「他で検査してもらいますから結構です( ̄^ ̄)」
とは言えなかった。

結局、病院を出てからキャンセルの電話を入れた。


夫が退院して暇になったら、かかりつけの整形外科の病院にある消化器科で検査しよ┐(´ー`)┌
by sizhimi | 2010-02-19 16:12

嬉しい痛み

昨日の夫の手術は大成功だった。

予定していた人工肛門にもならずに済んだ。

転移もなく、

もう安心だ。

今日午前中ICUから一般病棟に移された。

午前中はまだ麻酔が効いていて、

痛いながらも痛み止めがまだ効く状態だった。

午後から麻酔も切れ、

もともと痛みに弱い夫には堪え難いものらしく、

「痛い、痛い」の大騒ぎ。

私が手を握ってる間だけ、安心したようにうとうとする。

たまに、かすかな声で夫が「痛いよ」と言う。

私「痛いね。」

夫「痛い。」

私「痛いね。今が一番痛い時だよ。明日からは徐々に痛みはやわらぐよ。」

夫「腸が痛いよ。」

私「痛いね。よかったね、生きてる証拠だよ。」

夫「よかった。切ったとこが痛い。」

私「よかったね。でも切ったとこが痛いよね。」


昼、いったん私は自宅に戻った。

途中、実家の父へ送る携帯電話を購入。

私の名義で、私、夫の父に続き3台目だったので審査に思ったより時間がかかった。

今は、いわゆる『おれおれ詐欺』防止で3台以上の購入には審査がうるさいらしい。

夫の両親はまだ健在だが、義父が遠方の畑に行きなかなか連絡が取れない時、義母が心配するので連絡が取りやすいように、正月に携帯電話をプレゼントした。

とても喜んでくれたけれど、80近い夫の両親には、『簡単携帯』でもなかなか使いこなせない(⌒o⌒;A

実家の父は、母に先立たれてから、ずっとやもめの一人暮らしだ。

70もとうに過ぎ、

昨日電話した時に、老人性鬱で辛そうだった。

すぐには飛んで行けないので、

「いつでも電話してきなよね。」と、早速携帯電話を購入し、私と弟の連絡先を登録して送った。


犬のチャンプと、猫のしじみとあさりは、

帰って来ないお父さん、

不在がちなお母さん、

そんないつもと違う状況に不安気だ。

私に妙に甘える。

可哀想だから、疲れていても無視できない。


フェレットの茶々と末っ子の高校生の娘は相変わらず究極のマイペース(苦笑)

すでに家を出ている2人の息子達は、自立しようと自分の事で精一杯だ。

それも父への、息子としての愛だ。

致し方ない。

今こそ彼らは親を越えねば、と必死なのだ。

自分が生きて行く為に、

親に苦労をもうかけない為に、

命はそうやって受け継がれる。

私は、自分が、いつしか甘ったれてた事に気がついた。

目が覚めた。


とにかく食べて、

できるだけ寝て、

明日、明るい笑顔で、

夫が好きな私の笑顔で、

夫に会いに病院に行こう。

そして手を握ろう。

「大丈夫、私はそばにいるよ。」
by sizhimi | 2010-02-18 00:29

大食い

ここ数日、何かと忙しくて睡眠時間があまりとれなかった、

そんな疲れた体と心を回復させねば、と脳が働いているのだろうか?

昨日の夜も今日の夜も、とにかく異常なくらい食欲がある。

とにかくいくらでも胃に入る。

何を食べても「美味しい!」と感動する。

そして食べる度に心は幸せで満たされる。


子供の頃から胃弱で食が細かった私。

産後、やはり食欲があった頃があった。

人間の身体とは不思議なもので、ちゃんとその時の環境に適応できるようになるものだ。

3人の子供達が幼かった頃、

とにかく私は力強い母だったと思う。

子育ても一段落したら、食欲も減り、力もなくなった。

有り難いこと体型もスリムに戻った。

腰を悪くし、一時精神的に滅入った時には痩せ過ぎた。

でも、今思うと、体重が軽くなったおかげで、腰への負担は随分軽減されたと思う。

手術後、そんなに食欲が増えたつもりはないが太った。

都合よく、ちゃんと適応しているのだと思おう。

そして、夫の入院に伴い忙しいこの数日は食欲旺盛である。

手術に備えて絶食となっている夫には申し訳ないが、

食べる物が美味しいのは楽しい。

そして今夜は、

バレンタインの友チョコとやらのおかげで、
娘のクッキーとチーズケーキ作りのせいでキッチンはえらい騒ぎになっているのだが(~_~;、

風呂にもまだ入っていないのだが(⌒o⌒;A、

全ては明日にまわして、私は寝るのだ(^o^)(o^)(^ )( )( ^)(^o)(^o^)

今は太ったって構わない。

きっと後悔する。必ず後悔する( ̄▽ ̄;)

わかってはいるけど、

できるだけ栄養と休息をとって、

明日も頑張る肝っ玉母さんでいこう.............とりあえず、しばらくはf(^-^; ポリポリ
by sizhimi | 2010-02-15 00:30

夫へのラブレター

今日は、夫と共にがんセンターで人工肛門のビデオを観、処理や手当等の説明を受けた。

夫はすでに自分でネットで調べていて十分把握していた。

自分がどういう身体になるのか調べていた夫の気持ちを想うと、

私は「なんてことない。」と平気であっけらかんとした顔をし、明るく振る舞うしか出来なかった。

私も今でこそ精神的に立ち直ってきたが、

自分の首や腰の骨がどうなっているのか、手術のリスク、術後どうなるのか、

当時調べては鬱になっていたから、夫の気持ちはわかると思う。

私が自分の身体のことで深刻に悩んでいた頃、

夫のあまりの平静さに腹がたったものだった。

「私の気持ちなんかわからない。」と夫を憎く思ったりもした。

なのに、

逆の立場になった時、

「大丈夫だよ、なんとかなるさ。」と笑顔で応えるしか出来ない自分がいた。

「当事者の俺の気持ちなんかわからないよ。」

夫がつぶやいた時、

「わかるよ」と言いたかったけれど、

何も言えなかった。

ごめんね。

私だってショックなんだよ。

でも、どう対応したらいいのかわからない。

ごめんね。

心の中でつぶやくしか出来なかった。


病院からの帰り、痛い腰をおして、私は途中駅で降りて、ショッピングに繰り出した。

いつもは買わないような華やかな高級な下着のセットを購入し、

行きつけのアジアンショップで、馴染みの店員に相談して服を買った。

娘も呼び出し、ショッピングセンターを歩き回った。

外食もした。

帰宅して酒を飲み、

これから白髪染めをし、白髪まじりの髪を茶色く染める。

「おしゃれして、綺麗になって明日はお父さんに会いに行くんだ。」と言う私に、

娘「なんで?」

私「そうせざる得ない気持ちなんだよ。こんな時だからこそね。」

娘は不思議そうだった。

そうだよね。

私だってよくわからない。
by sizhimi | 2010-02-13 23:23


変形性頚椎症(頚椎ヘルニア4箇所)、腰椎4、5番変形すべり症固定手術済み、腰椎2、3番変形すべり症温存療法中、右脚人工股関節、左脚変形性股関節症温存療法中の主婦の徒然日記。


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