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許せるまでの一呼吸

週末は神経痛が比較的楽になったのをいいことに、

夫婦してサイクリングがてらあちこちと徘徊してました。

土曜日は海老川沿いの遊歩道を船橋港まで走りました。
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その後、近所のホームセンターにベランダ菜園に必要なグッズの購入に行き、

陽が短くなったのもあって、あっと言う間に夕日の中を帰宅。
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昨日の日曜日も雑用を自転車で巡って済ませ、

すっかり自動車族から自転車族へと転向してから早3年半。

神経痛の悪化により、

私があまり歩けなくなったことから、

電車を利用すると歩かねばならぬことが多く、

それさえも痛みから苦痛ゆえ、

自転車で移動する頻度はより高くなりました。
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先週は滝不動駅近くの佐久間牧場にて、

佐久間牧場自家製ジェラートを楽しみながら満開のコスモスに癒され、

都会からちょっとだけ離れ、

でも都会も目と鼻の先で、

畑や牧場もあって、田舎より田舎っぽい風景も楽しめるここに越して来たのは、

結構正解だったのかもしれません。


ただ今日は、

うっかり昨日、夜飲む分の神経痛薬リリカカプセルを飲み忘れたせいか、

腰から太ももにかけての痛みがひどく、

今朝の分のリリカカプセルと痛み止め(ボルタレン)は飲んだけれど、

激痛は治まらず、

ただ耐えている時間が長くなればなるほど、

心の中の「つらい」は強くなり、

とんぷく薬としてもらってる安定剤ソラナックスはあまり効果を発揮しない状態。


このまま「痛い」「つらい」に負けてしまうと、

負けっぱなしで一日を終え、

そんな自分が情けなくなって、

なかなか敗者復活できないことは、今までの経験値からわかっている。

とりあえず、負ける自分を許せる程度までは頑張りたい。

「勝つ」為に頑張ることはもう出来ない。

だから「許せる」為に少しだけ頑張る。

その次のステップに行くために、

一呼吸おくために、

今徒然に書き綴ってます。
by sizhimi | 2011-10-31 09:29

足早な時間

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5年前の写真をアップしてます。

亡くなった義母と共に暮らした頃の、

共に暮らした田舎の、陽の沈む頃の、

確か、私がまだなんとか趣味のウォーキングをできた頃の写真です。


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当時はまだ義母は元気で、

義父と一緒にハウストマト農園を営んでいました。

私は、さすがにもうトマト農園の手伝いまではできなくなっていました。

田舎の景色はここ数年で随分と変化していました。

畑や古い民家は、

すっかり今風の新しいアパートメントに代わり、

市の5年計画で産業道路ができるにあたり、

うちの敷地のど真ん中がその計画地にあたる為、

トマトのハウスも、

夫が生まれ育った、義父と義母が共に暮らした家も無くなります。
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私が嫁いだ26年前とはすっかり様変わりすることでしょう。

そういう私と夫もすっかり様変わりし、

いつの間にか子供達の時代になろうとしています。

戦前に生まれ育った両親は強く、

結局私たちの時代は来ないまま、

次世代が担う時代になってしまいました。

いくばかりか寂しい想いを抱えつつ、

懸命に生きた50年を想います。
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もう少し、

懸命に生きてみましょう。
by sizhimi | 2011-10-14 19:01

母の死

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10月7日(金)義母(夫の母)が亡くなりました。

77歳でした。
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実母の時もそうでしたが、

亡くなる前はほとんど顔も合わす事も、

会話することもなかったのに、

それって「いる」のが当然で、

「いない」となると、なんとなく不安定で、

自分の戻る場所がなくなったような、

自分の居場所がないような、

なんとなく不思議な感じです。

実母の時はそんな不思議な感じが3ヶ月続きました。

きっと「いた」からこそ自信をもって自分が存在できていたからだと思います。

多分母親ってそういう存在なのだと思います。

実母とほとんど入れ替わりに義母さんがいてくれたので、

強い義母さんで、随分と泣かされもしましたが、

私がぐじゅぐじゅした性格なので、

余計な事でぐじゅぐじゅ悩むのを嫌う義母さんの存在は、

今思うと救いだったのかもしれません。

ただ、ぐじゅぐじゅしたのを嫌いながら、

本当は義母さんが一番ぐじゅぐじゅしていて、

よく不眠症になって悩んでいたのも知っています。

結局晩年は好きな旅行にもあまり行けなくて、

私ぐらいの歳の頃「そんなに長生きしたくはないよ。」と言っていた通りに

まだまだ惜しまれる歳で逝ってしまいました。

まだ、引っ越してきたこの街にも慣れず、

ふと「帰りたい」と思いますが、

残念ながら私には帰る場所がないのも、

己のカルマでしょうから、

頑張って目の前の自分の仕事に精を出します。

一つ一つ懸命に、丁寧に・・・そのうち気づいたら、

ちゃ〜んと乗り越えている自分に気づくものです。

多分、そんなものです。
by sizhimi | 2011-10-11 14:56


頚椎後縦靱帯骨化症、腰椎4、5番は変性すべり症によりチタンボルトで固定手術済み、右脚人工股関節、腰椎椎間板ヘルニア手術済み、腰椎2、3番変性すべり症&両手親指付け根変形性関節症温存療法中とあまりの疾患の多さに自分でも忘れ、あきれている整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


by たまごふりかけS

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