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夫はもう私が愛していた夫ではない。

夫は変わってしまった。

いくら私がかつての夫の姿を今の夫の中から探そうとも、もう夫はいないのだ。

夫は優しかった。

ひょうきんで、子供達におどけた踊りを見せて笑わせていた。

女房(私)の尻にひかれて家庭の平和を保っていた。

喧嘩になって私が出て行こうとすると必死でそれを止めた。

頼りなさもあったけど、「一緒に生きてる」って感じがしていた。

夫が夫を失って、

私が夫を失って、

もう随分たつけれど、私は夫はまだいると信じたかった。

ただ、単に、出世しただけ。

収入が上がって生活が楽になるだけ・・・そんなつもりだった。

家庭の中の夫はそのまま変わらず私の夫で、子供達にとってひょうきんなお父さんでいると信じていた。

夫の言葉の暴力が現れ、

夫が癌になった後は私に対してそれはより酷くなり、

それでも夫につくした。

夫は変わらず「夫」の筈だったから。



気づいてしまった。

そしてもうトイレに生花を私は飾るのをやめた。

夫の母の仏壇にも生花を飾るのをやめた。


夫はもう私が愛していたあの「夫」ではないのだ。

私が夫は変わっていない、と信じていたかっただけなんだ。


いい加減、私は現実を認め、

自分の生き方を見つけなければならない。


どんなに過去にしがみついても、過去は過去。

私は今を生きている。
by sizhimi | 2013-11-29 19:28

再手術

今日は先月右脚の手術をした血管外科での術後1ヶ月検診。重傷の為に両脚いっぺんには手術できず、一ヶ月ごとに一本ずつ。

9月には左脚。

10月に右脚。

これで終わりの筈。

検査前の診察では医師曰く「大丈夫だろう」。

検査後「この瘤は裏の静脈からきてるものだったから、そちらの静脈も元を焼き、瘤は切除、再発防止でできるだけ静脈は抜く」・・・えっ??!Σ( ̄□ ̄|||)

それをしないとまたその静脈を通して右足に血は流れ、その血は便不全の為に上へは返れず、逆流し、右脚の中をただ滞留しつづけ、脚をむくませ、むくんだ脚で不自然な歩き方をせざる得ないから、間接的に腰を痛める。

再手術するしか選択肢はない。

またまたあのいた〜い局所麻酔といた〜い血管引っぱり出しに耐え、その後は内出血の痛みに耐えねばならない。

そして3週間圧迫ストッキングをはき続けるストレスにも耐えねばならない。

白紙の頭のまま手術日を決め、帰宅の為に車に乗った。

でも、涙が出て、車が発車できない。

自分を励ますために思いつく人にメールした。

兎に角帰らにゃならないから。

泣いてどうにかなるならば、首だってどうにか治って欲しいけど、いくら泣いたって治る訳じゃない。

その現実をしっかり受け止めねばならない。

だから、帰宅後、アルトサックスを吹いた。

下手でいい。

吹ける今があることが私には貴重なのだから。

指が動かなくなる日がいつ来るかはわからない。

でも、多分確実にその日は来る。

それまでできることを自分なりにするしかない。

下手な演奏をいつも通りyoutubeにアップする準備中。

ただ無心に吹いていたら、再手術なんてなんてことない気がしてきた。

大丈夫。

きっとなんとかなるものさ。
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by sizhimi | 2013-11-27 19:50

応援歌

次男が「胃の調子が悪い。辛い。」と言いながら出勤して行った。

次男は若くして逆流性食道炎。

私と同じ。

私も大学生時代から胃の不調でしょっちゅう病院に行き、検査したものだった。

当時は「逆流性食道炎」という病名はなく、

いつも「異常なし」で済まされた。

せいぜい「ちょっと胃酸の量が多いのかもしれない」と一度言われたくらいだった。

若くしての逆流性食道炎はストレスが原因という。

私も、大学受験直前になり、父がやっていた商売が借金まみれで店をたたむこととなり、

実家の家も土地も借金返済の為に失い、

その為に数学者になるという夢はあきらめ、それでも「大学は行くものだ」と幼き頃より父に洗脳されていた私には大学進学への道しか思い当たらず、某有名私立大学の夜間部へと入学し、ホームレス大学生となった末、とりあえず友達のアパートにしばらく居候していた。

昼はアルバイト、夕方から夜は大学、帰宅してからは銭湯に行き、銭湯から帰ると宿題のレポートを書く毎日を続け、それだけで必死で、就職活動なんかできもせず、アルバイト先にそのまま正社員として就職させてもらった。

二十歳前後の娘がそれだけのことをするのにストレスを感じなかった訳はないだろうけど、そのストレスは胃にいくだけで、「ストレス」と感じる余裕もなかった。
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今朝、次男がこんな生活が何十年も続くのかと思うと絶望しか感じない・・・とつぶやいた。

「母もその絶望の中で何十年と生きているし、この先も何十年か生きねばならないよ。」としか答えようがなかった。

励ましの言葉を贈れる程明るい未来を私は自分の息子に見せてはやれない。

それが切なくて、哀しくて、こぼれ落ちそうな涙をぐっと抑えて見送るしかできなかった。

「体質が母に似ちゃったんだね、父に似れば健康だっただろうに。ごめんね。」と謝った。

切なそうな息子の後ろ姿は「体質だろうか?俺がストレスに弱いだけだよ。」といたわってくれた。

ごめんね・・・心の中でつぶやく。

死んで詫びることができるならばいくらでも死んでやるけど、それは決して詫びにはならず、かえって息子を絶望へとひきずりこむことになるから、

頑張って、図々しく生きるしか私には道がないように思う。
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せめて「辛い」とぼやける相手として私はまだ存在してやらねばならないように思う。

私がかつてそうだったように、会社に行き、仕事にとりかかれば、「辛い」は集中力のもとに隠れる筈。

その繰り返しを無事続けられることを母として願うのみ。
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私は私で、いつ動けなくなってもいいように、身の回りの整理をしておこう。

今の必要最小限を常に保っておこう。

家族に迷惑はかけない、なおかつ、「惨めではなかった」という自分なりのプライド。

絶望だけではなかった、と後に息子に伝えられるように・・・。
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by sizhimi | 2013-11-18 10:14

晩秋

うちは家族皆バラバラ。

いつの間にか「ただの同居人」になってしまった。

子供達は皆優秀で、夫は会社でそれなりの地位にいる。

彼らにとって私は家政婦みたいなもので、その家政婦が嫌なオーラでも出しているのか?

皆自宅にいる時は自室にこもっている。

末っ子の娘が無事現役で大学合格してからはその傾向はますます強くなり、

夫もゴルフを始め、休みの日はいないことが多いし、いても自分の趣味に没頭し、夫婦で一つのことを楽しもうという気持ちさえも見当たらない。

私から・・・はとうの昔に努力した。

そして撃沈続きで疲れてしまった。

収入が増えた訳でもないのに、みんなして金を使うばかりでは破産してしまうので、

そのしわ寄せは私にくるしかない。

しょうがない・・・あきらめることに慣れるしかしょうがない。

しょうがないの世界の中で、今日のような晴天の日は犬の散歩がてらに写真を撮るのも私のストレス解消の為の趣味。

たまにはどこか知らないところへ旅に出て写真を撮ってみたいけれど、

健康体とは言えないために、知らない土地で、一人で、何かあったら困るから私が歩ける範囲内で、小さな晩秋を見つける。
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ここら辺で紅葉を観ることはない。

冬になると寒々としたシニアの街の空気となる。
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子供達がまだ幼い頃は家族で「紅葉狩り」に行ったっけ。

それはもう遠い昔。

まだ私が若かった頃の話。

歳とると同時に「つまらない女」と夫に言われ、それ以後枯れ草のような妻、母をやっている。
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もう花は咲かない。

しょうがない。

しょうがない。

しょうがない、と言い聞かせる世界にもちょこっと赤い実があることに気づいているのは本当は自分自身なんだけれど・・・。
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by sizhimi | 2013-11-16 16:51

縁がない

どういう訳かテーブルの上から転落して修理に出さねば音が出ない状態になってしまった私のヤナギサワA902は未だ帰っては来ない。

修理には25日かかり、戻りは今月末か来月初旬の予定。

もう何ヶ月も手元にないような気がしてる。
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サックスを始めて1年半の初心者の私が吹いても、私をなぐさめ、励ましてくれるかのように安定したメローな音を出してくれるその優しさが好きだった。

修理から戻って来ても同じでいてくれるだろうか?


先に本体のストラップリング破損で修理に出したヴァイブラートサックスA1は、プラスチック製ゆえ、ストラップリングのみの修理だとかなり時間と手間がかかるとのことで、まだ保証期間であることから本体交換となったはいいけれど、

そのじゃじゃ馬ぶりは初心者には手に負えない。

当初は「軽さ」と「安価」からかなり話題となった通称プラスチックサックスは、今や人気は地に落ちたものだけれど、私が注文した頃には注文が殺到していて、予約から手元に来るまで半年待った。

首に疾患のある私はなんとか「良き相棒」になろうと努力したけれど、

10ヶ月頑張って、少しは言う事を聞いてくれるようにはなったけれど、その音の不安定さは憂鬱を誘うばかりで、

首への負担を考えて、ストラップを変えると同時にヤナギサワA902を思い切って購入した。
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使いだして1ヶ月ほどで、テーブルの上に置き(うちは猫がいることからスタンドは危険かと思い使っていない)、目を離したすきに何故か落下した。



縁がなかったのだ。


いつも通りそう思うことで自分を落ち着かせ・・・あきらめさせ、とりあえず修理可能が救いで、ただひたすら待っている。


縁がなかった・・・そう自分に言い聞かせることがこれまでもあり過ぎる程あり過ぎる。

そうやって捨て去った夢や希望。

そうやって生きてしまった半世紀あまり。

ドラムセットもうっすらと埃をかぶってまだあるけれど、

バスドラが踏めない足でその前に座る勇気は出ない。

頑張れない。

なら頑張らなくてもいい。

でも吹きたい。

何故だろう?

ドラムが腰と右脚の都合で辞めざる得なくなり、

ただなんとなく始めただけのアルトサックスだった筈なのに・・・何故か今は吹きたい。

音楽を聴いても、その裏のドラムに耳がいくくせに・・・何故か吹きたい。


それで仕方なくヴァイブラートを吹いても、ただ哀しくなるだけの結果は見えているのにな。
by sizhimi | 2013-11-14 14:56

不安

いつからか?

いつも不安を抱えている。
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夫が4年前の直腸がんが発見されてから・・・手術後今のところ転移も再発の兆しもなく元気に過ごしているけれど・・・2年あまり、再発の不安感から夫はかなりイライラしていた。

そのずっと前、夫に嫁いでから、私は東京出身で、夫は地方出身だったので、いろいろと「しきたり」というか慣例が違って、私はへまな嫁だった。

今NHKの連続テレビ小説「ごちそうさま」でやっているような嫁ぎ先と嫁との確執に10年は泣いた。

馬鹿だ、馬鹿だ、毎日言われた。

いつの間にか「自分なんか」が口癖になり、実家の父が驚いて励ましてくれていた。

実家の父が知ってる私は元気で美しく、賢く自信家だった。
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夫の癌治療中は私もストレスの中にいた。

ストレスからか?嫌って食べなかったポテトチップスを毎晩食べる日々が続き、

私は太った。

手術で治った筈の腰も腰痛がひどくなり、長くは歩けなくなった。

「太るから腰に悪いんだ!デブ!デブ!」と夫にののしられた。

その前には「お前はつまらない女だ」とも言われた。

夫の身内とうまくやっていけなかったことから「お前はどうして誰ともうまくやっていけないんだ!?」とどなられた。

そんな言葉の数々など聞き流せばいい。

でも、私の頭には
「私はつまらなく、醜く、誰ともうまくやっていけない人間」という思考がこびりついてしまった。

そんな思考を排除すべく努力はしている。

でも、ふと浮かぶ・・・「私はつまらなく、醜く、誰ともうまくやっていけない人間」
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睡眠障害はなく、

日常生活も普通に動けている。

故に、心療内科に通院し、相談し、更年期障害用の漢方薬と頓服薬で抗不安剤を処方されてはいるが、
特にうつ病という訳ではないそうだ。

自分に自信が持てるように・・・担当医は私の話からメインを見つけ、いつも私を誉めてくれる。

ただ、家族が足をひっぱる時があり、治療はスムーズにはいかずにいる。

担当医は姉妹には「夫に期待するな!」と言いだした。

期待するから裏切られた時に傷つく・・・その通りだと思う。


ただ・・・誰にも、何にも「期待」しない生き方などあるのだろうか?

それが見つからずにいまだいる。
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by sizhimi | 2013-11-14 09:37

日常

今日の昼間は雲一つない晴天でした。

あまりに真っ青な空になんのアクセントもなかったので写真を撮り忘れました。

夕方買い物に出た時には昼間とはうってかわって雲が一面に広がっていました。
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ここでは燃えるような夕焼けをみることは殆どありません。

冬には山から吹き下ろす強く冷たい風が雪をかすかに運んで来て、

美しいというよりは、生活するには厳しい土地でしたが、

焼けるような夕焼けはそりゃ見事で、

遠く見える妙義山、榛名山、赤城山は空を撮影する時のアクセントになっていました。

あまりに日常すぎて写真に残しておかなかったことが残念でなりません。

日常はつい「灯台下暗し」になってしまうものです。
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大切な家族も、

大切な家族との大切な時間も、

あまりに日常過ぎて、明日も明後日も・・・来年も再来年も・・・また同じ幸せが繰り返されて当然って勘違いしてしまう。

そんな感じで、家族旅行に行ったのは、次男が高校3年生の夏休みに家族5人で横浜に行ったのが最後となりました。

「次の家族旅行は海外にしよう!」と約束したまま、

その約束は果たされぬまま、あれやこれやとあって、家族旅行に行く余裕もなく、長男が社会人になり間もなく結婚すると、家族で年末年始を迎えることさえもなくなってしまいました。

代りに、山の見えない土地で暮らすようになり、

猫達との暮らしが始まり、
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家族の為だけに生きて来たような私の日々の生活に趣味に費やす時間が増え、

土日祝日は家でのんびりと過ごしていた夫もゴルフを趣味とし、それに夢中になり、留守がちになりました。

それらの変化にも最近は随分と慣れた気がします。


中国は大連出張中だった夫から「成田無事到着」と連絡がありました。

次男は「胃の具合が悪い」と今日は会社を休み、珍しく自室から出て、ベランダやリビングで読書してました。

昨日とはちょっと違う今日。

明日は明日で今日とはちょっと違う明日があることでしょう。

このブログを続けられることに感謝です。

最後に、夫のパソコンに残っていた3年前の夏に亡くなった花子の写真をアップして今日の〆といたしましょう。

彼女の子犬の頃の写真を残しておかなかったことが悔やまれます。

里子にもらったのが16年前だったか、17年前だったか?忘れてしまう程長生きしてくれました。
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by sizhimi | 2013-11-13 17:34

空と願い

風邪が治りきってないのに病院から処方されていた薬はきれ、

なのに忙しさにかまけて病院には行かず、昨日は一日多忙だった。

故か?

心労か?

今日の午前中は起きてはみたもののダウンしていた。

午後から動き出したけれど、午前中にやるべき仕事が午後にまわり、やはり多忙。

忙しさの中、心は重い。
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今朝は次男は出勤で家を出たまま、昨日みたいに具合が悪くならず帰宅しなかった。

ひとまず今日は安心。

発作を起こさず出勤さえできれば、仕事も仲間とのコミュニケーションも人並み以上にやれる。

次男がパニック障害を発症した頃は、パニック障害に効果がある薬と言えばパキシルのみだったけれど、

今はもっといい薬が出て、その薬のおかげで次男は回復した。

今回もその薬を処方。

副作用が「太る」なので、音楽活動もしており、もうすぐバンドのワンマンライブが控えているので、一応「イケメン担当」のギタリストである次男はデブる訳にもいかず、最小限の処方。

それでも症状が抑えられていることは有り難い。


私は・・・広がる空が見たかった。

でも、今日は、この忙しさの中で見上げることができるのは、我が家のベランダか、駐車場か、ゴミ捨て場の上に広がる空。
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もっともっと広いかつて親友と見上げながら歩いた空を見たかったけど、それは叶わない。
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彼女と見上げながらウォーキングを楽しんだ空はここの土地ではないし、

遠くに榛名の山が見えていた。

広かった。
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思い出は残念ながらかすんでいく。

亡き親友の顔もはっきりとは思い出せない。

彼女の時は止まり、私の時は進み続けている。
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当時はそんなこと考えもしなかった。

失うことなど考えもせず、これから得るであろうことを期待ばかりしていた。

それが「若さの強み」というものなのかもしれない。

そんな「良き時」を送らねばならぬ我が子達の世代が、失うことを覚えるのはいいこととは思わない。

そんな事、もっともっと生きてからでいい。

いずれは知らねばならぬことなのだから・・・若い時は知らないでいい。無鉄砲に未来を夢みた方がいい。

そうやって時代は先に進むのだから・・・と私は思っている。


パニック障害は若い人が突然発症することが多いという。

100人に3人の確率で、原因は不明。

今は若くしてうつ病を患う人も多いという。

私たちの若い頃は、若者はもっといい加減で、適当で、無鉄砲で・・・でも「うつ病」なんて耳にしなかった。

私たちの上の世代も、私たちの世代も、世の中をもっと良くしたいと願い頑張った。

でも、気づかぬうちに、当時の子供達の心や夢を蝕んでしまったのかもしれない。

でも、私には力がなく、私自身が病人。


自分の老後が豊かであるより、若者が夢見れる時代になって欲しいと願うばかりなり。
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by sizhimi | 2013-11-12 16:32

上の空

今日は11月になって初めてのサックスレッスンの日でした。

「今日は指がよく動いている。体の調子がいいのかな?」と師に誉めていただけた。

ちょうどレッスン前に整形外科のリハビリが入っていて、理学療法士の先生に体をリセットしてもらったおかげか?

リハビリ科主催のヨーガ教室に通いだしたおかげか?

ここ数日腰痛で辛い、ということなく過ごせているおかげか?

首はヘルニアの痛みで湿布だらけだけれど、湿布がよく効いてくれている。

ありがたい。
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ただ、気持ちは残念ながらそう晴れやかとは言えない。

今日は次男が出勤で家を出てまもなくして「吐き気がする」と帰宅してきた。

そして自室にひきこもっている。

とても嫌な予感がしていた。
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次男は鬱が再発して、心療内科で診察を受け、結果、先々週は一週間会社から休暇をとった。

プログラマーとして会社にとってはかなりの戦力となってるそうである次男は、

アルバイトでこの会社に勤めだした時から社長に見込まれ育てていただき、大学卒業者でもないのに正社員に新卒として採用してもらった。

次男がアルバイトとして勤めだせねばならなかった理由は、以前にも何度かここにも書いたけれど、

20歳の時に突然パニック障害を発症したからである。

最初はひどい頭痛を訴えてアルバイトを休みがちになり、そのうち、アルバイトの最中にめまいで倒れるようになった。

そのうち電車の中で倒れ、連絡を受け迎えに行き、そのまま総合病院であれこれと検査を受けた。

結果は「異常なし」。

もしや・・・と心療内科に行ったところ「パニック障害」と病名がついた。

当時、パニック障害に効果があると言われていた薬は抗うつ剤のパキシルのみだった。

パキシルは副作用として、慣れるまでひどい吐き気を伴うものだった。

パニック障害の発作は頻繁におこるようになり、

副作用の吐き気も手伝って、

前途洋々だった次男は絶望していき鬱となっていった。

発作がおきる為、移動に電車は使えなかったので、発作は起きるまでもまだ対処しやすい車でのものとなったが、その車出しは私がするしかなかった。

「パニック障害」がどういうものなのか私は知らなかったし、まずはそれを学ばねばならなかった。

自分の息子が今どういう世界にいるのかを・・・。

私は、「突然目の前にジェイソン(映画「13日の金曜日」に出て来る殺人鬼)が現れた時におきる強い恐怖心が脳内でジェイソンが表れなくても湧いて来てしまう。」と理解することにした。

母親の私自身、本心はどうしたらいいのかわからずおろおろしていた。

賢く社交的で、いわゆるイケメンで、要領が良く、明るかった我が息子が
「もう俺は消えてしまいたい」と泣く後ろ姿を見て、
本当にパニックになっていたのは私の方だったのかもしれない。

それでも私が折れる訳にはいかなかった。

その5ヶ月後、夫の直腸がんステージ3も発見されてしまったから・・・。
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無我夢中だった。

そして4年たち、

次男の治療には2年半かかったけれど、あいかわらず好きな音楽活動をしながらもちゃんと普通のIT
企業のプログラマーとして活躍できるようになっていたし、

夫も時期がん手術後4年たとうとしているけれど、今のところ転移や再発の兆しもなく元気に働き、趣味のゴルフも楽しんでいる。

私は自分の不注意から今年の2月から腰痛が悪化し、この夏は杖をつかねば歩けない状態にまでなっていたけれど、

それでも家族が健康で過ごせている代りになれているならば・・・と考えることでなんとか前向きに生きよう!と努力できていた。

そして、ようやく腰痛も楽になってきた。
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次男は残業はしない&プロジェクトの変更という会社側の措置により先週から又普通に通勤していた。

それが、多分、電車にのっているうちに吐き気がしだして急いで帰宅したのであろう。

「ただの急性胃腸炎であって欲しい。」という願いに、

「もしかしたら発作が再発したのかもしれない」という影がよぎる。
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ただ、そんな時だからこそ、趣味のサックスは頑張ってみないと、心が不安に囚われて押しつぶされてしまう。

吹いている時だけは背負ってるものを忘れて晴れやかに楽しまねば、逆に私が家族を底なし沼にひきずりこむ側になってしまうだろう。

だから、相変わらず、「不安」と「辛い」はここに書き捨てて行く。

折しも、今朝から夫は中国の大連出張。

無理はすまい。

無理は、好むと好まざるにかかわらず、半世紀余り生きて来た経験上ひずみが生まれる。

ただ、ちょっとだけ頑張る。

自分にはそれだけの力がまだ残されていると信じて・・・。
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by sizhimi | 2013-11-11 18:14

風邪

連休前からひきだした喉風邪が市販の薬では治らず、鼻にまで移行して、

喉は痛いは、鼻はつまるは、鼻水は出るは、咳も出るは・・・で昨日はさすがに病院に行った。

風邪薬と抗生剤を処方してもらう。

それでも今日は症状は軽くならない。

ただ咳だけは、喉はいがいがしながらも出ないでいる。

外は雨。

本当は安静に寝ていた方がいいのだろうけど、

主婦業に休みはない。

さぼれる作業はさぼれるけど、

山ほどの洗濯物は一日でも休むと翌日以降干す場所がなくなって困る。

キッチンの流しにたまった食器も洗わないと不衛生だし、使える食器がなくなる。

私が具合が悪かろうと、小さい家族達の世話は休むことはできない。

犬も猫もフェレットも、「お母さんが具合が悪いから二三日死んでて下さい」な〜んて訳にはいかない。

さすがに人間の方はすでに皆大人だから自分たちの世話はできるけど、

母の体調を心配してくれるような子に育てることができなかった私の不肖ゆえ、

洗面所には洗濯物がほおりだされ、

キッチンの流しには使用済みの汚れた食器が山となり、

皆が過ごすリビングに私物が転がってる。

「辛い、辛い」とぼやきながら朝からただ動くのみの私。

で、今は一休み中のブログ書き・・・つまりは愚痴つづり。



風邪よ、風邪、早くどこかへ飛んで行け。

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by sizhimi | 2013-11-07 14:17


頚椎後縦靱帯骨化症(指定難病)、右脚人工股関節、腰椎変性すべり症を持つ整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


by たまごふりかけS

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