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ドラッグのような薬リリカカプセルの禁断症状記録

本日2度目の更新。

今のうちに記録をしておく。


昨日から現れだした抑うつ感情は、リリカカプセルとトラムセットの禁断症状と知る。


リリカカプセルとトラムセットは、今年5月下旬、電気メスで切り刻まれるような激痛の襲われてから処方された。

当時一緒にボルタレンも処方されたけれど、ボルタレンは合わず、吐き気どころか嘔吐する始末で飲めなかった。

手術直後もF整形では痛み止めはボルタレンを点滴で使うことから、

吐き気がひどく、ほとんど痛み止めは使えず、当初使ったボルタレンもしくは全身麻酔の副作用からくる吐き気を抑えるための吐き気止めが点滴された。

よって大丈夫な人より痛かった筈。

リハビリもその分遅れた。


退院直後から不調ではあった。

しかし、それらは右脚に残った痺れのひどさがストレスになってのものと思っていた。

しかし、その痺れを抑えるために処方されたリリカカプセルに効果が感じられず、

担当医からはストップしてもよいと言われていた。

トラムセットも頓服として飲んでればよい、とのことだった。


むくみや眠気がひどく、考えがまとまらず、趣味の読書がままならないことからリリカカプセルをやめる決心をし、

服薬をストップしたのは、この日記によれば7月23日(日)。

その前から、リリカカプセルを飲んでいるのに痺れがひどくなりだしたのと同時に寒気もしていたけれど、

翌24日(月)から多汗症になる・・・異常な発汗。

25日(火)から暑気と寒気が交互に襲いだし、大汗をかいたかと思うと、鳥肌がたつようになった。

27日(木)から左胸がしめつけられるような痛みと息切れに襲われる。

28日(金)、左胸の痛みと息切れ、暑気と寒気がひどく、夫が慌てて朝総合病院に私を連れて行った。

千葉徳洲会病院総合内科で診察と検査。

当初、心筋梗塞が疑われた。

ありとあらゆる検査をしたけれど「異常なし」。

ここのところ毎朝吐き気が続いていたことから、そして前にも同じ体験があったことから、

「もしや」ということで逆流性食道炎の薬を処方される。

食道の炎症による痛みが、隣り合っている心臓と肺の痛みに感じている場合があるとのこと・・・以前他病院で診断されたのと同じ(このブログに記録あり)。

「もしや」は当たったのか?息切れはすぐ治り、左胸のしめつけられるような痛みは治まった・・・とその時は思った。

しかし、病院に検査などで5時間いたのだけれど、途中あまりに左胸が苦しくて歩けなくなり、持ち歩いていたリリカカプセル75mgを1錠、トラムセットと共に服薬していた。

しかし、とりあえず息切れはその後今の所おさまっているし、左胸の痛みもしめつけられるような感じは残っているけれど「苦しい」という程ではない。


問題は、何故か昨日の夕方から突然抑うつ感情が現れたことだった。

死にたくないのに、生きていてはいけないような気がして悲しく涙が出だした。

今日はソワソワ感があり、やたら昔の思い出がよみがえり、その思い出がどれも楽しかったものに思え(つらいことも確かにあった筈だった)、

思い出に恋でもしているかのような、あの若かりし頃の恋の胸キュンのような感情が込み上げ、

同時に失ってしまった時に悲しくなっていた。


自宅にいると怖くて、朝夕と自転車に愛犬を乗せ、近くの公園で時を過ごした。

友達に電話したり、LINEで会話したりして付き合ってもらった。


夕方、ネットで「リリカカプセル」に関する記事を探した。

そこで「禁断症状」の報告が多数あることに目が止まった。

薬剤師さんや、医師、患者さんたちからの報告が多く上がっていた。

禁断症状はひどく、社会生活が送れないほどで、その期間も数ヶ月と長いことから、

禁断症状を抑える為だけに服薬を続けている人が目立つ。

どうも減薬が難しいそう。

薬が薬を呼ぶ・・・まるでドラッグだ。中には交通事故を起こしてしまってもまだ服薬している人もいた。


確かに私も昔リリカカプセルは飲んでいたけれど、どうも眠くなって車の運転に支障が出ていたので飲まなくなっていた・・・当時の担当医は「慣れる」と勧めたが「事故りたくない」で私が拒んだ。

その頃にはリリカカプセル服薬中に交通事故を起こす人が現れだし、問題になりだしていたようで、頑固だった医師も私の意思を受け入れた。

よってトラムセットがメインだった。


今回は症状が痺れだったので、術後はトラムセットは頓服で、リリカカプセルが常用として処方されていたけれど、

担当医は「効かない」と言っても量は増やさず、1日150mg(75mgを1日2回服薬)だった。

薬剤師さんの意見では、1日150mg以下ならばいきなりストップしても禁断症状は出ない、とのことだった。

確かに禁断症状で苦しんでいる人たちの報告をみると、皆1日にその倍近い最大量を半年以上服薬している人たちだ。

私の服薬期間は約2ヶ月。

本来ならば禁断症状は出ない筈だけれど、そこは個人差があるのだろう・・・私は薬に弱い。

せめて長くは続かないことを願う。

禁断症状を乗り越えられるようにフォローを夫と友達、

そして2008年の最初の腰の手術、腰椎変性すべり症による脊柱管狭窄症の手術直前からフォローしていただいてる心療内科医に予約をとった。再びフォローを願う予定。

もちろん来月早々予約が入っている整形外科の担当医にも相談する予定・・・もう処方は拒む。


昨年の春、トラムセットの服薬をやめた時、禁断症状でむずむず症候群で苦しんだ。

鉄剤の服薬でなんとか乗り越えたのを記憶している。


今回の抑うつ症状がリリカカプセルの禁断症状かトラムセットによるものかは不明だけれど、

痛み止めの筈のトラムセットの服薬をやめてから、両手親指付け根の変形性関節症の痛みと左奥歯下の痛みが和らいできている。

トラムセットを飲んでも一向に痛みは治らないし、

手も歯も、今回の手術直後から痛みが出てきた。

手は以前から痛くはあったけれど、それはサックスを吹いた直後1時間ほどで、風呂上りにはいつも治っていた。

サックスを吹いていないのに痛いのが病室で不思議だったのを覚えている。

今は治まったけれど、思えば今回の痛みでリリカカプセルとトラムセットを服薬しだしてから喘息のような咳が約一ヶ月続いていた。

なんとなく内科へ行くようなものではない気がして行かず、いつの間にか治ると同時に奥歯の痛みがひどくなり、食事がうまくとれなくなった。


今日のところはざっとこんなとこ。

取り急ぎ記憶しておく。



by sizhimi | 2017-07-31 22:14

「つらい」が教えてくれること

まるで、ここ数年、脳のずっと奥に押し込めていた、多分あったであろう「つらい」が噴き出してきて、

どう対処したものか困り果てている。


困り果てた昨日1日、痛み止めで頓服薬として整形外科から処方されていたトラムセットを飲まなかった。

飲んでも痛みは柔がず、かえって今年治療したばかりで神経をとっている筈の左奥歯下がずきんずきんと痛んでいた。

トラムセットを飲まなかったら、その痛みがおさまったし、

変形性股関節症の痛みだと言われていた両手親指付け根の痛みも和らいでいる。

そうなのだ、

痛み止めトラムセットが痛みを止めるどころか、痛みを呼ぶようになり、怖くなって昨年春に服薬を辞めた。

当初、脳がトラムセットを呼ぶように、むずむず病などで苦しんだけれど、それらもおさまり、

トラムセット服薬中悩まされた頭痛も起きなくなった。

で、痛みと共生していく心算もできていた。


リリカカプセルは傾眠がひどく、車の運転中何度も事故りかけたので、すでに服薬をやめていた。

車の運転が出来ねば、私の足腰ではやはり通院が難しかった。

病院にいくために交通事故、というのも可笑しな話で、

せめて近くの整形外科病院に転院したく、当時かかりつけだった整形外科クリニックの医師にお願いしたけれど、拒否され、紹介状は書いてもらえなかった。

何故なのかは不明。

今年2月、あまりの腰痛のひどさに近くの整形外科病院に行くが、

「まだ手術する段階ではない。」と追っ払われた。

今年5月末、電気メスで切り刻まれるような激痛で再び診察&検査で、急いで手術の運びとなった。

担当医は再びリリカカプセルとトラムセットの服薬を指示した。

それに逆らう力はその時はなかった。


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2008年に腰部変形性すべり症で固定手術をした上部に、ヘルニアが2箇所とすべり症ができていた。

今回は、激痛の原因と思われるヘルニアの除去だけで済まされた。

そのヘルニアが脊柱管狭窄症を起こしているとみなされ、それ以外はまだ軽症でそんなに悪さはしていないとのことだし、

それらも一緒となると固定術になる。

ただ、今回一番悪さをしているヘルニアだけ除去しても、

その上のすべり症とヘルニアがまだ悪化してくることは予想できたので、

手術前はそれらも一緒に治療ということで固定術の予定だった。

今回の激痛の大元のヘルニアだけ除去できる確率は10%だったそうだ。

その10%を成し遂げたことで、手術をしてくれた医師は得意満面だったけれど、

私の体に不調は残った。


頚椎後縦靭帯骨化症(OPLL。指定難病69。)は左腕につながる神経を圧迫していた。

まだMRI上神経が見えているので、今回は手術には至らない。

担当医は、「手術は千葉大にまわす」と言っている。

そこらの病院ではなかなか難しい手術らしい。

治す薬もない。

突然進行するかもしれないし、このままの状態を死ぬまで維持するかもしれない。

それも今後どうなるか予想がつかないという病気だそうな。

骨化症ということは前通っていた整形外科クリニックで聞いてはいて、その時にはかなりショックを受けたけど、

「治らない」というならば戦う手立てもなく、共生していく道を選ぶしかなく、その手伝いを心療内科でしてもらっていた。


心療内科の担当医は女性で、彼女の飄々とした感じが私を随分と救ってくれた。

男性医師は正直苦手である。

威圧感あるし、結構傲慢だったりする。

「結論ありき」で、その結論を勝手に出して、それを押し付けてくる。

それって割と男性特有の性質かと思う。

女性は過程を大事にする脳なので、「一緒に考えよう。一緒に頑張っていこう。失敗したら又一緒に成功への道を探ろう。」といったところがある。

男性脳と女性脳の違いって、その進化の過程が違うことから今に至っているもので、性質が違う。

ハードが違うので、それぞれの特性に合った使い方をするのがベストかと思う。

電気製品で言えば、炊飯器とオーブンのようなものだ。


私はどうも男性は苦手である。

脳が違うからしょうがないんだけど、一体何を考えているのかわからないし、そのせいもあって信頼ができなかったりする。

せいぜい長年連れ添った夫は、こんな私を大切にはしてくれるし、

私も夫を大切に思っている・・・ってくらいなものだ。


特に医者となると、女性の場合、特に中高年の女性になると「更年期障害」とか「不正出血」とか「デリケートゾーンのかゆみ」などといった女性特有の症状もあり、

いくらおばさんと言えども、相手が医者と言えども、口にはしづらいものがある。

最近は女医さんが増えてきてくれて助かっている。


女同士が敵対視する場面も集団の中ではあるけれど、

あれは基本的には「男の取り合い」に関係するものであって、

女性機能を消失した閉経後のおばさんは対象外。

閉経後のおばさん達でも、まだ嫉妬しあい、揉めたりしていることもあるそうだけれど、

幸い私はそういった厄介な人たちとの付き合いはない。


ただ、夫の転勤もあり、あちこち移転した関係上、近場に友達がおらず、

簡単に「これからお茶しない?」という相手がいない。

昨日久々に3人の友達と電話で話したり、メールやラインで話したりしたけれど、

皆遠方ゆえ、さっと「会おうよ」とも言えない。

特に私がまだ歩行が不安定で、一人で遠方へ行ける自信がない。


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一人は離婚から立ち直っていた。

一人は今更年期障害で苦しんでいた。

一人は内臓疾患と脊柱管狭窄症で苦しみ、失業してしまっていた。

みんな色々あって、なんとかその日その日を乗り越えていた。

そんな中でも私の弱音を聞いてくれて有難かった。


「友達がいない」と思い込んでいたけれど、「友達」を忘れていたのは私だったことに気づいた。

私が「つらい」を押し込めて、隠そうとして、「大丈夫!」であろうとして、大切な人たちとの距離を置いていたことに気づいた。

それも私の弱さだと知る。

見栄っ張りだったと知る。

「つらいんだ」って口にすれば、手を差し伸べてくれる友はいたのに、

私はそれが「下に見られる」みたいで嫌だったのかもしれない。

「ごめんね」「ありがとう」が心から言えた。

今までも心から言っていたような気がしていたけれど、

そこにはまだ自分の優位を保とうとするプライドが介在していたんじゃないかと気づく。


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ただね、本当になんらかの下心を持って近づいてくる輩もいるのは確かだから、誰でも信じていい時代ではない。

過去、友達だと思っていた人に、高価な化粧品を売りつけられたり、

高価な浄水器を売りつけられたり、

外国製の高価な掃除機を売りつけられたり、

宗教に強引に勧誘されたり、

などなど、結局それで友情が壊れたことは多々あり。

皆「あなたのことを想って」と近づいてくる。

そんな仕事を彼女達がする前から友達だったのに、目先の金欲しさから友情が売られた。

あの頃はとても不景気で、皆仕事が得られなくて困っていたから。



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友に「つらい」と話すことで、

ここに「つらい」を書捨てることで、

少しでも前に進めるならば、

また今までとは違った道を探せるような気がしてきている。

今回の「つらい」は私にとって、きっと良い勉強になっているのだろう。

そう信じよう。



by sizhimi | 2017-07-31 12:49

亡き親友へ

今日は比較的涼しい曇り。

この数日色々あった。

色々あり、夫に支えられ、なんとか今に至って入るけれど、

今思うのは、「何故私が生き残っているのだろう?」だけだったりする。

10数年前を思い出し、涙する。

死ぬのは彼女であるべきではなかったと思う。

彼女には彼女を愛してくれる両親も姉二人、幼馴染、友達もいて、

社交下手の私とは違って誰からも愛されていた。


折しも、長男さんの就職が決まり、うちの次男と同じ次男さんも無事志望高校に入学し、

500円玉貯金も缶いっぱいになり、「ようやく夫婦旅行に行ける余裕ができた。」と喜んでいた。


次男同士が幼馴染で仲良かったことにより、私も友達の一人に加えてもらえた。

同時期に体を壊し、それを期に「健康になろう!」をスローガンに毎朝一緒にウォーキングをする仲になった。

まだ二人とも40代だった。

私も整形外科疾患はなかった頃(気づいていなかった頃)で、ウォーキングは励みになっていた。

ここ数年彼女を思い出すことは少なくなっていた。

友達の少ない私にとって、親友だった彼女の死から立ち直るにはかなりの時間を要した。


彼女が癌で亡くなった後も、私は一人でウォーキングを続けた。

一緒に彼女が歩いている気がしていた。


腰の疾患で歩けなくなってからもう11年経ってしまった。

途中何度もチャンレンジし、そして又股関節や腰を痛めて断念した。

とうとう私の右脚には痺れが内側と膝に残った。

それでも再びウォーキングができる日を夢見てリハビリを頑張った。


封印していただけで、どこかであの頃に私は戻りたかったのかもしれない。

体調を崩し、正直「もう頑張れない」と泣いている。


あの時間に戻れないことなんてちゃんとわかっていた筈なのに、

私は何処かであの頃を探していたのかもしれないと気づく。


過去の楽しかった思い出ばかりが浮かんで、

自分が実はとても幸せだったことを知る。

何故当時はそれに気づかなかったのだろう?


多くのものを失った。

失わなくても済んだであろうものまで失った。

自分の愚かさを知る。


それでも私は頑張った。

頑張った方向性が間違っていて、その為に多くのものを失ったのだとしても、

当時は当時でそれで精一杯だった。


今はもう頑張れる気がしない。

もう白旗を振ってしまいたい。

あちらへ逝ってしまった人たちの所へ「お待たせ〜」と逝ってしまいたくもなるけれど、

それだけはしてはいけないことなのはわかっている。

何かしら役目があるから私はまだ残っている。

でも、疲れた。

そんな泣き言を言ったら、彼女に叱れられる。

彼女の顔はもうぼんやりとしていて思い出せなくなっているのに、

何故か彼女の声だけは思い出せる。


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面会に行っても、もう面会できなかった彼女が送ってくれた最後のメールが、

「今窓から外を眺めて、Tちゃんの笑顔を思い出しています。」だった。

その半年前までは一緒にウォーキングをしていた。

その5ヶ月前には一緒にファミレスでランチをした。

写メを撮った。

そんな結末を迎えるなんて想像だにせず、ふざけて笑い合っていた。


私は乗り越えて、先に進んでいる気でいたけれど、

頑張っている気でいたけれど、

私の時は、この12年間止まったままなのだと、ここ数日痛感している。


あの頃、関わった人たちが、今笑顔で過ごしていることを願う。


12年ぶりに、彼女と歩きながら見た景色を再び見たいと思っている。

でも、もう私はそんなに歩けない。


頑張ろう。

つらくとも、頑張って、あのコースをもう一度歩けるまで、頑張ろう。

それまでは、勝たなくてもいい、

負けまい。

by sizhimi | 2017-07-30 16:11

虚弱体質者の夏

今日は最高気温が30℃以下という、ここ数年としては珍しい夏の日。

しかし湿度が高く、蒸し蒸しし、不快指数は高く、結果熱中症になりやすいから注意!とのこと。


私の体調も悪い。

しかし、娘曰く「母は毎年夏はそう言ってるから、そういうもんだ、で心配する気になれない。」

確かに。

去年か一昨年は湿疹できてカユカユだったっけ。


薬で何かと副作用が強く出て生活に支障が出てしまうことから、昨日からしばし漢方薬を試してみることとなった。

虚弱体質の人向けだってさ。

長男からは養命酒を勧めてもらった。

ドラッグストアーまでは、大回りしてちゃんと信号機付きの横断歩道経由で行っても片道3〜5分。

夜は12時までやっているから、以前は夜でもひょいと行ったものだ。

右脚が痺れてしまった今は、そんな距離でもかなりテンションを上げねば行けない。

冷蔵庫のエナジードリンクを次男に飲まれてしまい、買いに行くテンションが上がらない。

血圧が上がってくるのを待つしかない・・・低血圧のため。


ここら辺は歩道が狭く、その上整備されておらずガタガタだ。

年配者が多い故、歩行者は結構いるのだけれど、F市は道路整備に金をかけない。

かと言って、何処に金をかけているのかもわからない。

かつて「どじょう」と自分をあだ名した元首相(当時民主党)のお膝元なんだけどな。

やっぱり隣のN市の方が暮らしやすそうで、できることなら引っ越したい。

もっと出来ることなら、東京へ帰りたい。

父が定年退職後、生活が不便な場なのに、出身地に戻った気持ちが今はわかる気がする。

ただ、夫と私は出身地が違うから、互いにそれをしたら、老後は別居を余儀なくされる。

たいした年金ももらえない現代、「年金を均等に半分に分けて別居しましょう。」も生活苦が待っている。


一般人は3流芸能人より貯蓄は少ない。

あの人たちにどんな芸があって「芸能人」と言うのかはわからないけれど、

それはそれで苦労があるようだから、それも「縁」ということでしょうがない。


昨日から飲み出した漢方薬が早く効果が出るといいな。

早く夏が終わって、こたつでごろごろ出来る冬になるといいな。

それか、夏がいくらかでも涼しく感じられるように、たっぷり体についている脂肪が取れるといいな・・・それには努力が必要です。



by sizhimi | 2017-07-27 10:23

ちょっとだけ涼しくなった雨の朝

今朝は雨。

午後には止んでいる予報で、ちょうど午後出かける用があるので、雨のおかげで気温も下がっているそうだし有難い。

用といっても、私の場合例によって病院の予約診察だ。

乳腺外科の予約も入れなきゃならないし、

歯医者の予約も入れねばならないが、

めんどくさい。

目の前にどんどんたまっていく書類の山も片付けねばならないが、これまためんどくさい。

結局ブログ更新に逃げている。

そしてそういう時って、特に書くネタもない。


そういや松居一代ってその後どうしたんだ?

先週末、船越英一郎が所属している事務所、ホリプロが「業務妨害」で訴えた、というニュースが流れたが、

その後どう展開しているのか、もう飽きてしまったので不明。

最初のホラー的YouTubeはインパクトがあったけれど、

彼女がどんなにでっかい大義名分を主張しても、所詮芸能人夫婦の派手な夫婦喧嘩に過ぎない。

他人の夫婦喧嘩観察など数日で飽きるものだ。

「これからはSNSの時代だ」は一理あろうが、

もっと公共性のあることで利用していただきたい。

世の子供達も見ていることを思うと、大人としてかなり恥ずかしい。

何より、イッチャッタおばさんのホラーちっくな動画を見ているのは精神衛生上よろしくない。

世間があまりに騒いでいるので、何度か見ちゃった私も私だけど、

ある意味、反面教師にはなった。

夫婦喧嘩は家庭か家庭裁判所でやろう。


右脚の痺れには随分と慣れてはきたけれど、

今朝は右腕の二の腕がとても痛かった。

先月の手術直後からよくこの現象が起きだした。

歯や手の変形性関節症もそうだけど、先月の手術後、どうも体調が以前にも増して思わしくない。

手術をする度に、その箇所は良くなっても、その分の「具合の悪さ」が他に分散されていくような気がする。

元気になりたいな。


痛み止めが効いて、今は右の二の腕の痛みは楽になっている。

痛み止めもあまり飲みたくはないけれど、日常生活を送るための最低限の「痛くない」体は必要だ。


歯医者も勇気を出して予約取らねばな。


ちなみに、ブログの下につく「イイネ」を消すことにした。

イイネしてもらっても、してくれた人のブログに遊びに行く訳でもなし・・・行く時は行くし、行く気になれない時は行かない。

時に自己主張されてる気がして圧迫感を感じる。

別にそういう訳じゃあないことは、私もイイネをすることがあるのでわかるし、

以前はそんな圧迫感を感じることはなかった。

だから私の心の問題なのはわかる。

だからって、その圧迫感に耐えて、余計なストレスを抱える必要性はないかと思った結果。

今までご好意でイイネを下さった方々には感謝。

励みになった時も勿論ありました。

ありがとう。

ただ今は、静かにそっと見守っていただければ幸いです。



by sizhimi | 2017-07-26 10:42

暑すぎる夏

今日は某大手電気屋に、まだ午前中の気温が上がりきらないうちに、My電動アシスト自転車で行く予定だったのだけれど、

朝、洗濯物を干すのに外に出た時点で、すでにかなり蒸し暑く、

先週金曜日に自転車で徘徊後体調が思わしくないことから、今日は家でせっせとお掃除することとした。


散らかっていることは殆どない我が家ではあるけれど、

隅々まで掃除機をかけた後は、家中の空気が洗われたようで、気持ちがよい。

空気清浄機やエアコンのフィルターも掃除機をかけたから、特に。

これ、滅多に掃除機をかけぬ人がいるようだけれど、最低一ヶ月に一度はフィルター掃除はした方がいい。

かなりハウスダストを吸っている。

フィルターが目詰まりするとハウスダストを吸引する力も落ちそうで、

それだけハウスダストを吸い込んじゃいそうで気持ちが悪い。


そんな神経質が災いしてか、すぐ体調を崩す私は、昨日は夕方から微熱を出し、悪寒がして寝込んでいた。

そのくせ突然カッと熱くなり、汗をどっとかくは更年期障害の如く。

すっかりおさまったと思っていた更年期障害による自律神経の失調症状(体温調節が出来ない)が復活したか?

はたまた「痺れ」のパワーアップによるものか?

脊柱管狭窄症によるものか?

はたまた熱中症か?


今回の手術後、せっかくその前に綺麗に治した筈の左奥下奥歯も痛いし、

おまけに寝ている間か、左頬内側を噛んじゃったみたいで、そこが口内炎になりかかっている様子。

掃除をするパワーはあっても、病院へ行くパワーは無し・・・好きか嫌いかによるものだろう。病院は嫌いだ。


汗だくになりながら掃除し、「これだけ汗かいたならば、かなり体重も減ったことだろう」は期待はずれ。


Amazonプライムビデオで、過去観た映画の中で何度観ても癒される好きな映画をBGM代わりに流していた。

『しあわせのパン』

『ぶどうの涙』

『西の魔女が死んだ』

何度も観ているいる映画なので、音声とたまにチラッと画像を見るだけで、頭の中で勝手に再生されているから、掃除中でも邪魔にはならない。


昨日は、ソプラノサックスをYAMAHAにしたことから、

その前のティアラと違って低音も安定して出ることから、久々にジャズを吹いた。

高音はティアラの方が繊細で美しかった気がする。

安定した音は出るけれど、やっぱりYAMAHAの音で、少々もの足りないというかつまらない・・・単純に私の好みによるもの。

しかしジャズは吹いていて楽しかった。

ただ、体調が思わしくないところを吹いたので、途中からかなり具合が悪くなった。

まぁそれでその後寝込む羽目になった訳だが137.png


今日はサックスを吹くのはやめといた。

左手の痺れが今日はちょっとひどかったのもある。

細々と長く楽しむ為には、そこそこ辛抱も必要。

レッスンも師に再び受けられることにはなったけれど、この暑さが落ち着いてからにしよう。

スタジオに着いた時には熱中症、ではかなわない。


そういえば、親友のみっちゃんが亡くなる前の年の夏、

私と彼女は平日毎朝ウォーキングを1時間ほどするのを習慣としていたのだけれど、

あの夏も暑くって、朝といっても30℃以上あった。

まだ熱中症が騒がれていなかった頃で、その対策などもまだ知識がなく、途中水分補給することなく歩いた。

帰宅後、みっちゃんから「高熱が出た」とメールが来た。

「熱中症」なんて頭の片隅にもなく、「夏風邪かな?さっきまで元気だったのにね。」な〜んて言っていた。

しかし、翌日あまりに様子が変だとのことで、彼女は病院へ行ったところ、「末期の熱中症。死ぬとこだった。」とかで2週間入院する羽目となった。

2004年の8月だ。


それから数年後には、熱中症での死者が多く、テレビでもラジオでもかなり注意喚起されるようになった。

それでも今年はかなりの人数が熱中症で病院に搬送されているそうだし、死者も出ている。


「日射病になるといけないから、麦わら帽子かぶっていきなさい。」と外出する子供にお母さんが声掛けしていた昭和の夏が懐かしい。

麦わら帽子が飛んでいかないように、首にかけるゴムがうっとおしくて、麦わら帽子をかぶるのが嫌だったのを記憶している。

エアコンなんて一般家庭にはない時代だったけど、

扇風機の風にあたりながら、サマーベッドに横たわって読書するのが好きな夏だった。

友達とのプール帰りが、涼しくて肌が気持ち良かった夏だった。

汗だくになりながらも、虫取り網でセミを追っていた夏だった。

日中外で遊ぶのが命がけの今の子供が気の毒な気がするけれど、今の子供は昔を知らないから、それはそれで、今は今で幸せなのかもしれない。

ついつい昭和のおばさんは、ポケモンゴー(もう古いか?)をするスマホより、あの虫取り網を子供に持たせてやりたい。


もうすぎ2歳になる我が孫は、どんな夏を過ごしていることだろう?

健康ならば、市民プールに連れてって、一緒に遊んでやりたいおばあちゃんです・・・おばあちゃん用の水着が必要ですが163.png




by sizhimi | 2017-07-25 17:16

副作用と私、サックスと私

昨日は結局丸一日リリカカプセルは服薬しなかった。

そして今朝も。

1日150mgの量では抑えきれなかった痺れだけれど、それでもいくらかは抑えられたいたようで、

再び歩きづらくはなり、外出時に杖無しは難しい。

それでも、この痺れ、治る日が来るのかどうかも不明で、

私の免疫君の力を考えると、傷ついた脊髄神経を修復するほどの能力は期待できそうもない可能性の方が高く思われ、

ならば延々とリリカカプセルの副作用に苦しんでいるよりは、すっぱりとあきらめて、慣れることを選んだ。

手術直後の一ヶ月前に戻ったと思い、またリハビリを1から頑張ればいい。

これで眠気やむくみ、動悸息切れが治るならば、ちょっとばかしの不便はあろうともいずれは楽に過ごせることを期待する。

今はまだ辛い。

痛み止めのトラムセットもモルヒネ系で依存性があるから、本当はあまり服薬したくはない。

しかし、少しずつといこう。


少なくとも今は手親指付け根の変形性関節症が痛くてしょうがない。

トラムセットで痛みは取れてはいない。

気休めにしかなっていない気がする。

来月早々にある診察時、もう一度レントゲンを撮ってもらおう。


幸い高額医療費申請は1年間取ってあるし、

介護保険も要介護1を取れているから、不便になった分は、今は介護用品も多種多様で、安くお借り出来るし、

リハビリも通所リハビリといって送迎をお願いできるそうなので、

意固地にならず、助けてもらえるものは助けてもらい、自立まで支援していただこう。


ソプラノサックスは、結局島村楽器でYSS-475(YAMAHAソプラノサックス−475)を、ティアラS返金分にちょい足しして購入した。

ストレートタイプで、ネックと本体が一体型。

少なくとも、先のティアラのように、ネックが2種類あり、音の違いを楽しめはするけれど、つなぎ目の金属が本体から半田付けが甘くて外れるという心配はない。

あれは本当に驚いた。

あまりに驚いて、怒ることも忘れた。


他2本、シャトーのカーブドソプラノサックスを用意してはくれたのだけれど、

確かに見た目はおもちゃのようで可愛かったけれど、これが結構重かった。

少なくとも、私の力で、右手だけで持っていられるものではなく、首にその負担の半分は頼らねばならぬ状態。

骨化症を抱えた首にこれ以上負荷をかける訳にはいかない。

だからアルトサックスを手放したのに、本末転倒になってしまう。


何より音がシャトーとYAMAHAでは違いすぎた。

カーブドとストレートの違いはあれど、それでもYAMAHAは先のティアラより音が出しやすかった。

確かに「YAMAHAの音」で、

私がもっていたYAMAHAアルトサックス−62と、アルトとソプラノの違いはあれど似ていた。

楽器が素直である。

アルトの時、ヤナギサワの方が癖があった。

その癖が面白くもあり、その癖をつかめば、私が好む柔らかく優しい音が出た。

しかし、62だって吹いていくうちに、もともとの「YAMAHAの音」に私の個性が加わって、随分と柔らかい音が出せるようにはなっていた。

パートナーとして相性が良ければ、ちゃんと化学変化を起こして、「YAMAHAの音」も「私の音」に変わっていくのをアルトの時に体験している。

「私の音」にしよう!!じゃなくて、「一緒にうまくやっていけたらいいね」くらいのスタンスで臨んで行けばいい。

それには操作性のよいYAMAHAは、ストレスフリーから始まるから、今の私には適しているかと思われた。

やっぱり「天下のYAMAHA」なんだなと思った。


体調をみて、少しずつ分かり合える仲になっていこう。



by sizhimi | 2017-07-24 08:53

昭和の顔、平成の顔

昨日は結局島村楽器ビビット南船橋店から電話はなかった。

担当者がおととい「明日メンテナンス終了したらすぐ電話します。」と言っていたのはどうなった?

客商売としていささが疑問符ではあるし、

私が払っているサックス代金はどうするつもり?ではあるけれど、

クレームつけてる余裕なし。

昨日は昼頃から動悸息切れがひどく、

心臓の音が喉ものから聞こえる状態で、脂汗も出て、ベッドに横になり、そのまま2時間意識を失っていた。

結局その後も具合が悪く、夜も9時か10時頃にあまりの具合の悪さにベッドに横になったまま、

尿意で目が覚めたのは今朝午前7時直前。

途中目覚めることもなかった。

そのまま目覚めなければいいのに。

夫は早朝ゴルフの打ちっ放しに行ったようで、布団にはいなかった。

目覚めちゃった限りはしょうがない。

猫達はお腹を空かせて、私が朝食の準備をするのを3匹揃って待っていたし、

洗濯物も夏だからすぐに臭くなるので、さっさと洗って干さねばならぬ。


そして体調の悪さが、おそらくリリカカプセルの副作用であると思われることから、

やはり痺れに「慣れる」を選択するしかないだろう、と心を決める。

担当医には「あなたの意志に任せます」と言われている。

「そのうち治るか、慣れるかしかない」とのことだから。

治らない場合、「慣れる」の中を生き抜くのは私なのだから。

そして整形外科医は脊柱管狭窄症で傷ついた脊髄神経の修復までは出来ない。


「痺れる」には、すでに過去事故で左手人差し指をつぶしてしまった後、2度の手術で指はついてはいるけれど、

「痺れは一生取れません。慣れるしかありません。」と宣告され、

当時しばらくは慣れなくて、夜も眠れなくて、かなりつらかったけれど、

ちゃんと乗り越えた。

その後、痺れた指をかかえ仕事もしたし、今も痺れたままだけど、ちゃんと(?)サックスも演奏できている。

だから「痺れに慣れる」は経験済み。

ただ、それが左手の人差し指一本と、右脚内側半分と膝上&左腕となると範囲が大きい分、慣れるのにはかなり時間はかかりそう。

とりあえず今朝服薬分を止めた。

夜眠るのがつらければ、しばらくは夜の服薬のみで乗り切る計画。

次回診察時に報告する時には、前向きな話が出来るといい。


そうは言っても、つらいは辛い。

とりあえずデパスで気を散らす作戦をとってはみるものの、痺れが取れる訳ではないので、あれこれ不便なのは変わらないし、

やっぱりつらいは辛い。


ビビットさんの開店時間に合わせて、仕方ないからこちらから電話し、

とりあえずサックスの問題は解決しよう。


その前に、自動二輪の免許取得で行っていた教習所に辞める電話はしたので、返金されるお金を取りに行く予定。

さすがに今日は夫に車で連れてってもらう予定。



話変わるが、「昭和の顔」と「平成の顔」の違いについて。

子供達曰く、今は色白の薄い顔が人気であるらしい。

男性陣代表は坂口健太郎といったところか・・・昭和のおばさんから見ても綺麗だし可愛い。

とにかく色白で顔が小さくなくては「美しい」には入らないらしい。

そしてたとえ濃い化粧をしてもケバくない顔でなくてはならないらしい。

確かに江戸時代の美女やイケメンと現代はかなり違うとの検証あり。

それくらい昭和と平成ではもう違うのか?

確かに時代の変化は早いけれど、昭和がそこまで「古い時代」になっているとは知らなんだ。

もともと私は私の顔が嫌いである。

原田知世のような顔や感じだったならよかったな・・・と今でも現在の彼女を見て思う。

透明感あるし・・・私はドドメ色だったりする143.png

その原田知世も平成人間から見ると、やはり「昭和の顔」なのだろうか?


ふと懐かしの昭和に戻りたくなり、近所のディスカウントストアで蕎麦枕を買った。

蕎麦の殻を使った枕で、私が母親になった頃には「蕎麦枕はダニがわく」とかでパイル枕に移行し、

今は「首の健康のため」「熟睡するため」と全く違った素材の枕が色々出ている。

今時蕎麦枕が売ってるのなんて珍しい。

ただ、高さが高い。

これじゃあ首を悪くする。

昔はお母さんが中の蕎麦の量を減らしたり増やしたりしながら家族に合わせたっけ。

たまに枕の中のそば殻を全部出して、新聞紙に広げて、日陰干ししてたっけ?

そういや、畳も年末はお父さんが皆上げて、外に干したものだった。

外に干した畳を、お手伝いで棒でパンパン叩いた記憶がある。

これらって、絶対50歳以上じゃあないと思い出にないであろう。

鉄人28号に夢中になった世代で昭和を語りたいところだ。


そしてその世代は皆今で言う「昭和の顔」なのだろう。



by sizhimi | 2017-07-23 09:22

色々あって、逆にな〜んにも考えられません

夫は例によって早朝からゴルフコンペ。

昨夜はウキウキだったのだろう。

一応「悪い」と思ってか、家事を手伝ってくれたのだけれど、中途半端な状態で終わっていて「なんだよ136.png」といったところ。

「今は会社より、家族よりゴルフが一番大事162.png」「お前には飽きてるから」などと言ってくれちゃってるくらいだから、しょうがない。

a0152078_10512112.jpg

ある意味「似た者夫婦」だったりはするのだろう。

と言うのも、私は私で、サックスの件で頭がいっぱいだったりしている。

a0152078_10525128.jpg

右脚の痺れとか、両手親指付け根の変形性関節症と頚椎後縦靭帯骨化症による痛みとか、頚椎骨化症の影響からくる左手の脱力感や痺れの方が悩むべきことかもしれないけれど、

悩んで治るものでもなく、

ここまでくると結構人は開き直るものだったりする。

特に戦う気もなく、

生きてりゃいいし、

こけて首の骨でも折って死んだら死んだで、それも運命だし、

まぁ簡単に死ねればいいけれど、

どうも私は「蛇の生殺し」状態に縁があるようなので、

それはそれで「耐える」しかないのだよな、といったところ。

a0152078_10534453.jpg

ただね、サックスは、お金かかってるからさ、不良品売りつけられて泣き寝入りする訳にもいかない。

それも今回は19万円だしね。

その19万円の品は、手術入院から退院後、悩んだあげくアルトサックスを潔く手放し、代わりに手に入れたソプラノサックス。

a0152078_10552428.jpg

初心者の頃は安い中古品やら一時話題になったプラスチック製のアルトサックスを使っていました。

それらは石橋楽器で購入。

結局頑張ってそれなりの物を購入したヤナギサワとヤマハのアルトサックスは、島村楽器で購入。

その島村楽器(ビビット南船橋店)さんとの縁から、

というか、ビビットさんにはソプラノサックスはそれしか置いてなかったからなんだけど、

今思うと、当時は欲していたヤナギサワのカーブドソプラノサックスが手に入らない状態で、「もうどうでもいいや」って気持ちが半分だったからだと思うけど、

島村楽器のオリジナル商品のTiara(ティアラ)Sに買い換え。

しっかし、これがタンボの接着が悪くて突然取れたり、

しまいには本体の半田付けがあまくて、ネックとの接続部分(ネック締めネジがある部分)の金属が外れて分解。

一体何事か?(ノ゜o゜)ノ オオオオォォォォォォ-153.pngと事態が把握できない。

a0152078_10562809.jpg

仕方なくリハビリの結果なんとか乗れるようになった電動アシスト自転車で片道40分、真夏の炎天下の中をビビットさんへ。

ビビットさんはリペアマンが常駐しているので、すぐに見てもらえる。

そのリペアマンさん自体が「こんな現象は初めてみた」と驚く始末。

そしてこの事態を受けて、島村楽器本社が、自社製品のティアラの販売を一時中止にした。

全部点検するそうな。

再販売はいつになるか未定。

で、交換もしてもらえず、分解しちゃった私のティアラは使い物にならずあちら。

もちろん返品せねばならぬ状態で、

「私が払ったお金はどうなるの?」状態の今です。


ビビットさんは、「代わりに」と同価格のソプラノサックスを本日きちんと点検して提供してくれるそうで、

点検が済んだら連絡がある予定。


3本ある内、試し吹きして好きなのを選んでください、とのこと。


で、またMy電動アシスト自転車でせっせと行く予定・・・熱中症になりそうだ。

a0152078_11002777.jpg

それだけならまだしも、選んでくれた3本が、島村が提示する価格はどれも20万円前後なのだけれど、

調べると、他の楽器店ではもっと安くなっている。

その上、島村価格でティアラを越す分は「金を足せ」とのこと。

なんかいいように扱われてる気がして、なんとなく納得がいかない。

私はそこまでお人好しでいいのだろうか?

a0152078_11013726.jpg

ビビットさんの言い分は「うちはリペアマンがその場で調整してお渡しします」なのだけれど、

それで購入したティアラが魔法のような分解の仕方をしてるんですけど148.png145.png


そりゃね、扱いが悪くて曲がった、というならまだわかりますよ、

でもね、半田付けされてるとこが取れるって、それって半田付けした職人さんの問題だし、

ハンドメイドを歌っているならば、そんな職人さん(どこのお国の方かは存じませんが)に任せてる時点で問題ある気がするのですが、

単に私の運が悪いだけなのでしょうか?

a0152078_11031594.jpg

まぁ確かに私は運が悪いし、ついてないですが、

体が壊れてるだけで十分で、医療費がいっぱいかかっている私には19万円は大金で、

それが壊れるって、ショック以外の何物でもなく、

おまけに痺れた右脚で炎天下の中自転車で往復約2時間って、かなりキツイく、結局またびっこになっちゃってるんですけど161.png

娘には「バスと電車で行け!」と叱られましたが。

a0152078_11042029.jpg

それも、昨日、帰りに自転車で転倒しまして、

即座に逃げたので首と腰と脚は無事でしたが、

左手の親指第一関節をしこたまぶつけたようで、

夜、どうも痛い、と思ったら左手親指第一関節が腫れ上がっておりました。


こういうことはしょっちゅうで、以前右手の手首をついただけで変な音がしたと思ったら、レントゲンの結果「軟骨が欠けた」で、

「2〜3ヶ月は痛いね」で終わっちゃいました。


だから病院に行ったところで、すでに「この人は関節が弱い」となっているので「しばらく痛いね、腫れてるね」で終わるかと思うので、

めんどくさいから病院へは行かず、手持ちの湿布とテープで固定しております。


相変わらず「踏んだり蹴ったり」です。

ここまで「踏んだり蹴ったり」だと、もう自分の判断に自信が持てず、

「どうしよう?」しかありません。

a0152078_11060212.jpg

その「どうしよう?」になる要因の一つに、

こんなタイミングで、「うちの施設(老人施設。デイケア。)で吹いていただけませんか」とのお誘いを受けたのもあります。


もちろんボランティアですが、私などにそんなお話をいただけるのは光栄この上ない。

こんな私でも老人施設で演奏するには「美人だから」となるそうです・・・次男曰く「昭和の顔だから」。平成の美人ではないそうです。


a0152078_11071386.jpg
なんかまとまりがないブログになりました。

あまりに色んな事が押し寄せてきて、頭の中が洪水状態です。

それでなくとも痺れと痛みを抑える為に処方されているリリカカプセルとトラムセットの副作用で頭がぼ〜っとして考えがまとまらない状態ですから119.png

目はとっても眠そうです。


そしてそんな状態の時の方が、薬がよく効いているのか、痺れや痛みがキツくありません。

どっちを選ぶか?状態。

そして「どっちを選ぶか?」を考えることも出来ない状態。


体に関しては、もう担当医にお任せするしかなく、

サックスに関しては、結局再び師に指導やアドバイスを頼みました。

自分の脳みそが考えることが苦手になっちゃってる状態では、誰かの手助けが必要なんじゃないかな、といったところ。


a0152078_10592965.jpg
今日試し吹きに行ったら、ティアラの金額の返金じゃなくて、用意してくれた3本のうちのどれかを代わりに買うことになっちゃうんだろうな。

そう誘導するのは売る側としては当然だし、

今の私の脳みそじゃあ対抗できそうもない。

まぁ相性の合うサックスと縁あってパートナーになれればいいだけの話ですから。

悩む力もないので、とりあえず期待しておこう。




by sizhimi | 2017-07-22 11:10

目標は大事

今日2度目の更新。

内容はソプラノサックスに関することのみ。

そして記録のみ。


ソプラノサックスにして、首への負担は全く無くなった。

しかし、右手親指にかかる負担は大きい。

カーブドソプラノサックスにすれば、おそらくそれは回避できたのだろうけれど、

カーブドにするならば、やはりヤナギサワにこだわりたかった。

高い買い物だからそこは妥協できない。

何故かあまりに人気の品で、当分は手に入る見込みなし。


今のも島村楽器オリジナルのもので操作性は良いし、島村楽器で購入していたアルトサックス2台もそれとの買い替えで下取り価格もUPされることが魅力ではあった。

形はストレートのみになるけれど、正直ストレートの方が形としても、音も私は好きだったりする。

多分に好きなケニーGの影響は受けている162.png

イケメン好きとしては、「見ても聴いても美しいがやはりベスト」は譲れない。


休み休み2時間ほど吹いた。

もっと吹きたかったけど、右手親指付け根がもたなかった・・・変形性関節症による。

バスケット選手などが使うというスポーツ用の手のサポーターをして演奏した。

これ、左手では親指が動きづらく使えなかった。

サックスでは、左手親指はオクターブキーを押さえるのに使うのでがっちり固定されては不便。

右手親指はサックスを支えるだけなので、固定がしっかりしているのは有難い。

それでも長時間は難しく、「痛い」が「辛い」に変わった時点で、今日はやめた。


もうちょっと早めにやめた方がよかったかと後悔。

頭の中は「辛い、辛い」で、急いで痛み止めトラムセットと痛みで鋭くなっている神経を抑えるべくデパスを服薬。

薄めたハイボールを飲む。


そこまでしてやらなくても問題など私には一切無い。

でも吹きたくて、それを我慢しているのも、また辛い。

「精神的にまいるならば、いっそう吹いちゃえ!」が、

今度はあまりの痛さで「辛い、辛い」になって薬を飲む羽目になるという矛盾・・・酒まで飲んでるからなぁ〜137.png

もう病気だよ、私。

どうせ病気ならば、いくまでいってやろう!・・・要は手術するまで、ということなんだけど。固定術ということで、末期にならねば手術の運びにはならないから、それまでかなりの「痛い」に耐えることになるだろう。


他人にはアホに見えるだろう。

でもさ、「好き」ってそういうことなんじゃないかな?

恋愛問題もそうだよね、多分。

「好き」って、それだけ覚悟の要ることなんじゃないかな。

軽い「好き」もあるけどね。


今日は頑張ったおかげで、苦手だった低音が安定して出せる回数が増えた、

少しコツを得た感じ。

低音が安定すると、高音もただ高いだけでなく、深みがある心地よい高音が出ることに気づく。

ひたすら苦労して、体にしっかりとそのコツを叩き込むのが、とってもマニュアルだし、それだけ体を痛めつけることにはなるけど、

昭和人間らしくていい。

どの音も安定して出せるようになったら、

もう一度レッスンを入れてくれるように師に頭を下げよう。

それまでには、スタジオに行けるようリハビリも頑張ろう。

痺れに負けない筋力と自信を身につけよう。


その目標、体に良いのか悪いのか?

それでも目標はあった方が生きていて楽しい。



by sizhimi | 2017-07-19 17:36


頚椎後縦靱帯骨化症、腰椎4、5番は変性すべり症によりチタンボルトで固定手術済み、右脚人工股関節、腰椎椎間板ヘルニア手術済み、腰椎2、3番変性すべり症&両手親指付け根変形性関節症温存療法中とあまりの疾患の多さに自分でも忘れ、あきれている整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


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