「つらい」が教えてくれること

まるで、ここ数年、脳のずっと奥に押し込めていた、多分あったであろう「つらい」が噴き出してきて、

どう対処したものか困り果てている。


困り果てた昨日1日、痛み止めで頓服薬として整形外科から処方されていたトラムセットを飲まなかった。

飲んでも痛みは柔がず、かえって今年治療したばかりで神経をとっている筈の左奥歯下がずきんずきんと痛んでいた。

トラムセットを飲まなかったら、その痛みがおさまったし、

変形性股関節症の痛みだと言われていた両手親指付け根の痛みも和らいでいる。

そうなのだ、

痛み止めトラムセットが痛みを止めるどころか、痛みを呼ぶようになり、怖くなって昨年春に服薬を辞めた。

当初、脳がトラムセットを呼ぶように、むずむず病などで苦しんだけれど、それらもおさまり、

トラムセット服薬中悩まされた頭痛も起きなくなった。

で、痛みと共生していく心算もできていた。


リリカカプセルは傾眠がひどく、車の運転中何度も事故りかけたので、すでに服薬をやめていた。

車の運転が出来ねば、私の足腰ではやはり通院が難しかった。

病院にいくために交通事故、というのも可笑しな話で、

せめて近くの整形外科病院に転院したく、当時かかりつけだった整形外科クリニックの医師にお願いしたけれど、拒否され、紹介状は書いてもらえなかった。

何故なのかは不明。

今年2月、あまりの腰痛のひどさに近くの整形外科病院に行くが、

「まだ手術する段階ではない。」と追っ払われた。

今年5月末、電気メスで切り刻まれるような激痛で再び診察&検査で、急いで手術の運びとなった。

担当医は再びリリカカプセルとトラムセットの服薬を指示した。

それに逆らう力はその時はなかった。


a0152078_12555135.jpg

2008年に腰部変形性すべり症で固定手術をした上部に、ヘルニアが2箇所とすべり症ができていた。

今回は、激痛の原因と思われるヘルニアの除去だけで済まされた。

そのヘルニアが脊柱管狭窄症を起こしているとみなされ、それ以外はまだ軽症でそんなに悪さはしていないとのことだし、

それらも一緒となると固定術になる。

ただ、今回一番悪さをしているヘルニアだけ除去しても、

その上のすべり症とヘルニアがまだ悪化してくることは予想できたので、

手術前はそれらも一緒に治療ということで固定術の予定だった。

今回の激痛の大元のヘルニアだけ除去できる確率は10%だったそうだ。

その10%を成し遂げたことで、手術をしてくれた医師は得意満面だったけれど、

私の体に不調は残った。


頚椎後縦靭帯骨化症(OPLL。指定難病69。)は左腕につながる神経を圧迫していた。

まだMRI上神経が見えているので、今回は手術には至らない。

担当医は、「手術は千葉大にまわす」と言っている。

そこらの病院ではなかなか難しい手術らしい。

治す薬もない。

突然進行するかもしれないし、このままの状態を死ぬまで維持するかもしれない。

それも今後どうなるか予想がつかないという病気だそうな。

骨化症ということは前通っていた整形外科クリニックで聞いてはいて、その時にはかなりショックを受けたけど、

「治らない」というならば戦う手立てもなく、共生していく道を選ぶしかなく、その手伝いを心療内科でしてもらっていた。


心療内科の担当医は女性で、彼女の飄々とした感じが私を随分と救ってくれた。

男性医師は正直苦手である。

威圧感あるし、結構傲慢だったりする。

「結論ありき」で、その結論を勝手に出して、それを押し付けてくる。

それって割と男性特有の性質かと思う。

女性は過程を大事にする脳なので、「一緒に考えよう。一緒に頑張っていこう。失敗したら又一緒に成功への道を探ろう。」といったところがある。

男性脳と女性脳の違いって、その進化の過程が違うことから今に至っているもので、性質が違う。

ハードが違うので、それぞれの特性に合った使い方をするのがベストかと思う。

電気製品で言えば、炊飯器とオーブンのようなものだ。


私はどうも男性は苦手である。

脳が違うからしょうがないんだけど、一体何を考えているのかわからないし、そのせいもあって信頼ができなかったりする。

せいぜい長年連れ添った夫は、こんな私を大切にはしてくれるし、

私も夫を大切に思っている・・・ってくらいなものだ。


特に医者となると、女性の場合、特に中高年の女性になると「更年期障害」とか「不正出血」とか「デリケートゾーンのかゆみ」などといった女性特有の症状もあり、

いくらおばさんと言えども、相手が医者と言えども、口にはしづらいものがある。

最近は女医さんが増えてきてくれて助かっている。


女同士が敵対視する場面も集団の中ではあるけれど、

あれは基本的には「男の取り合い」に関係するものであって、

女性機能を消失した閉経後のおばさんは対象外。

閉経後のおばさん達でも、まだ嫉妬しあい、揉めたりしていることもあるそうだけれど、

幸い私はそういった厄介な人たちとの付き合いはない。


ただ、夫の転勤もあり、あちこち移転した関係上、近場に友達がおらず、

簡単に「これからお茶しない?」という相手がいない。

昨日久々に3人の友達と電話で話したり、メールやラインで話したりしたけれど、

皆遠方ゆえ、さっと「会おうよ」とも言えない。

特に私がまだ歩行が不安定で、一人で遠方へ行ける自信がない。


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一人は離婚から立ち直っていた。

一人は今更年期障害で苦しんでいた。

一人は内臓疾患と脊柱管狭窄症で苦しみ、失業してしまっていた。

みんな色々あって、なんとかその日その日を乗り越えていた。

そんな中でも私の弱音を聞いてくれて有難かった。


「友達がいない」と思い込んでいたけれど、「友達」を忘れていたのは私だったことに気づいた。

私が「つらい」を押し込めて、隠そうとして、「大丈夫!」であろうとして、大切な人たちとの距離を置いていたことに気づいた。

それも私の弱さだと知る。

見栄っ張りだったと知る。

「つらいんだ」って口にすれば、手を差し伸べてくれる友はいたのに、

私はそれが「下に見られる」みたいで嫌だったのかもしれない。

「ごめんね」「ありがとう」が心から言えた。

今までも心から言っていたような気がしていたけれど、

そこにはまだ自分の優位を保とうとするプライドが介在していたんじゃないかと気づく。


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ただね、本当になんらかの下心を持って近づいてくる輩もいるのは確かだから、誰でも信じていい時代ではない。

過去、友達だと思っていた人に、高価な化粧品を売りつけられたり、

高価な浄水器を売りつけられたり、

外国製の高価な掃除機を売りつけられたり、

宗教に強引に勧誘されたり、

などなど、結局それで友情が壊れたことは多々あり。

皆「あなたのことを想って」と近づいてくる。

そんな仕事を彼女達がする前から友達だったのに、目先の金欲しさから友情が売られた。

あの頃はとても不景気で、皆仕事が得られなくて困っていたから。



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友に「つらい」と話すことで、

ここに「つらい」を書捨てることで、

少しでも前に進めるならば、

また今までとは違った道を探せるような気がしてきている。

今回の「つらい」は私にとって、きっと良い勉強になっているのだろう。

そう信じよう。



# by sizhimi | 2017-07-31 12:49

亡き親友へ

今日は比較的涼しい曇り。

この数日色々あった。

色々あり、夫に支えられ、なんとか今に至って入るけれど、

今思うのは、「何故私が生き残っているのだろう?」だけだったりする。

10数年前を思い出し、涙する。

死ぬのは彼女であるべきではなかったと思う。

彼女には彼女を愛してくれる両親も姉二人、幼馴染、友達もいて、

社交下手の私とは違って誰からも愛されていた。


折しも、長男さんの就職が決まり、うちの次男と同じ次男さんも無事志望高校に入学し、

500円玉貯金も缶いっぱいになり、「ようやく夫婦旅行に行ける余裕ができた。」と喜んでいた。


次男同士が幼馴染で仲良かったことにより、私も友達の一人に加えてもらえた。

同時期に体を壊し、それを期に「健康になろう!」をスローガンに毎朝一緒にウォーキングをする仲になった。

まだ二人とも40代だった。

私も整形外科疾患はなかった頃(気づいていなかった頃)で、ウォーキングは励みになっていた。

ここ数年彼女を思い出すことは少なくなっていた。

友達の少ない私にとって、親友だった彼女の死から立ち直るにはかなりの時間を要した。


彼女が癌で亡くなった後も、私は一人でウォーキングを続けた。

一緒に彼女が歩いている気がしていた。


腰の疾患で歩けなくなってからもう11年経ってしまった。

途中何度もチャンレンジし、そして又股関節や腰を痛めて断念した。

とうとう私の右脚には痺れが内側と膝に残った。

それでも再びウォーキングができる日を夢見てリハビリを頑張った。


封印していただけで、どこかであの頃に私は戻りたかったのかもしれない。

体調を崩し、正直「もう頑張れない」と泣いている。


あの時間に戻れないことなんてちゃんとわかっていた筈なのに、

私は何処かであの頃を探していたのかもしれないと気づく。


過去の楽しかった思い出ばかりが浮かんで、

自分が実はとても幸せだったことを知る。

何故当時はそれに気づかなかったのだろう?


多くのものを失った。

失わなくても済んだであろうものまで失った。

自分の愚かさを知る。


それでも私は頑張った。

頑張った方向性が間違っていて、その為に多くのものを失ったのだとしても、

当時は当時でそれで精一杯だった。


今はもう頑張れる気がしない。

もう白旗を振ってしまいたい。

あちらへ逝ってしまった人たちの所へ「お待たせ〜」と逝ってしまいたくもなるけれど、

それだけはしてはいけないことなのはわかっている。

何かしら役目があるから私はまだ残っている。

でも、疲れた。

そんな泣き言を言ったら、彼女に叱れられる。

彼女の顔はもうぼんやりとしていて思い出せなくなっているのに、

何故か彼女の声だけは思い出せる。


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面会に行っても、もう面会できなかった彼女が送ってくれた最後のメールが、

「今窓から外を眺めて、Tちゃんの笑顔を思い出しています。」だった。

その半年前までは一緒にウォーキングをしていた。

その5ヶ月前には一緒にファミレスでランチをした。

写メを撮った。

そんな結末を迎えるなんて想像だにせず、ふざけて笑い合っていた。


私は乗り越えて、先に進んでいる気でいたけれど、

頑張っている気でいたけれど、

私の時は、この12年間止まったままなのだと、ここ数日痛感している。


あの頃、関わった人たちが、今笑顔で過ごしていることを願う。


12年ぶりに、彼女と歩きながら見た景色を再び見たいと思っている。

でも、もう私はそんなに歩けない。


頑張ろう。

つらくとも、頑張って、あのコースをもう一度歩けるまで、頑張ろう。

それまでは、勝たなくてもいい、

負けまい。

# by sizhimi | 2017-07-30 16:11

虚弱体質者の夏

今日は最高気温が30℃以下という、ここ数年としては珍しい夏の日。

しかし湿度が高く、蒸し蒸しし、不快指数は高く、結果熱中症になりやすいから注意!とのこと。


私の体調も悪い。

しかし、娘曰く「母は毎年夏はそう言ってるから、そういうもんだ、で心配する気になれない。」

確かに。

去年か一昨年は湿疹できてカユカユだったっけ。


薬で何かと副作用が強く出て生活に支障が出てしまうことから、昨日からしばし漢方薬を試してみることとなった。

虚弱体質の人向けだってさ。

長男からは養命酒を勧めてもらった。

ドラッグストアーまでは、大回りしてちゃんと信号機付きの横断歩道経由で行っても片道3〜5分。

夜は12時までやっているから、以前は夜でもひょいと行ったものだ。

右脚が痺れてしまった今は、そんな距離でもかなりテンションを上げねば行けない。

冷蔵庫のエナジードリンクを次男に飲まれてしまい、買いに行くテンションが上がらない。

血圧が上がってくるのを待つしかない・・・低血圧のため。


ここら辺は歩道が狭く、その上整備されておらずガタガタだ。

年配者が多い故、歩行者は結構いるのだけれど、F市は道路整備に金をかけない。

かと言って、何処に金をかけているのかもわからない。

かつて「どじょう」と自分をあだ名した元首相(当時民主党)のお膝元なんだけどな。

やっぱり隣のN市の方が暮らしやすそうで、できることなら引っ越したい。

もっと出来ることなら、東京へ帰りたい。

父が定年退職後、生活が不便な場なのに、出身地に戻った気持ちが今はわかる気がする。

ただ、夫と私は出身地が違うから、互いにそれをしたら、老後は別居を余儀なくされる。

たいした年金ももらえない現代、「年金を均等に半分に分けて別居しましょう。」も生活苦が待っている。


一般人は3流芸能人より貯蓄は少ない。

あの人たちにどんな芸があって「芸能人」と言うのかはわからないけれど、

それはそれで苦労があるようだから、それも「縁」ということでしょうがない。


昨日から飲み出した漢方薬が早く効果が出るといいな。

早く夏が終わって、こたつでごろごろ出来る冬になるといいな。

それか、夏がいくらかでも涼しく感じられるように、たっぷり体についている脂肪が取れるといいな・・・それには努力が必要です。



# by sizhimi | 2017-07-27 10:23

ちょっとだけ涼しくなった雨の朝

今朝は雨。

午後には止んでいる予報で、ちょうど午後出かける用があるので、雨のおかげで気温も下がっているそうだし有難い。

用といっても、私の場合例によって病院の予約診察だ。

乳腺外科の予約も入れなきゃならないし、

歯医者の予約も入れねばならないが、

めんどくさい。

目の前にどんどんたまっていく書類の山も片付けねばならないが、これまためんどくさい。

結局ブログ更新に逃げている。

そしてそういう時って、特に書くネタもない。


そういや松居一代ってその後どうしたんだ?

先週末、船越英一郎が所属している事務所、ホリプロが「業務妨害」で訴えた、というニュースが流れたが、

その後どう展開しているのか、もう飽きてしまったので不明。

最初のホラー的YouTubeはインパクトがあったけれど、

彼女がどんなにでっかい大義名分を主張しても、所詮芸能人夫婦の派手な夫婦喧嘩に過ぎない。

他人の夫婦喧嘩観察など数日で飽きるものだ。

「これからはSNSの時代だ」は一理あろうが、

もっと公共性のあることで利用していただきたい。

世の子供達も見ていることを思うと、大人としてかなり恥ずかしい。

何より、イッチャッタおばさんのホラーちっくな動画を見ているのは精神衛生上よろしくない。

世間があまりに騒いでいるので、何度か見ちゃった私も私だけど、

ある意味、反面教師にはなった。

夫婦喧嘩は家庭か家庭裁判所でやろう。


右脚の痺れには随分と慣れてはきたけれど、

今朝は右腕の二の腕がとても痛かった。

先月の手術直後からよくこの現象が起きだした。

歯や手の変形性関節症もそうだけど、先月の手術後、どうも体調が以前にも増して思わしくない。

手術をする度に、その箇所は良くなっても、その分の「具合の悪さ」が他に分散されていくような気がする。

元気になりたいな。


痛み止めが効いて、今は右の二の腕の痛みは楽になっている。

痛み止めもあまり飲みたくはないけれど、日常生活を送るための最低限の「痛くない」体は必要だ。


歯医者も勇気を出して予約取らねばな。


ちなみに、ブログの下につく「イイネ」を消すことにした。

イイネしてもらっても、してくれた人のブログに遊びに行く訳でもなし・・・行く時は行くし、行く気になれない時は行かない。

時に自己主張されてる気がして圧迫感を感じる。

別にそういう訳じゃあないことは、私もイイネをすることがあるのでわかるし、

以前はそんな圧迫感を感じることはなかった。

だから私の心の問題なのはわかる。

だからって、その圧迫感に耐えて、余計なストレスを抱える必要性はないかと思った結果。

今までご好意でイイネを下さった方々には感謝。

励みになった時も勿論ありました。

ありがとう。

ただ今は、静かにそっと見守っていただければ幸いです。



# by sizhimi | 2017-07-26 10:42

暑すぎる夏

今日は某大手電気屋に、まだ午前中の気温が上がりきらないうちに、My電動アシスト自転車で行く予定だったのだけれど、

朝、洗濯物を干すのに外に出た時点で、すでにかなり蒸し暑く、

先週金曜日に自転車で徘徊後体調が思わしくないことから、今日は家でせっせとお掃除することとした。


散らかっていることは殆どない我が家ではあるけれど、

隅々まで掃除機をかけた後は、家中の空気が洗われたようで、気持ちがよい。

空気清浄機やエアコンのフィルターも掃除機をかけたから、特に。

これ、滅多に掃除機をかけぬ人がいるようだけれど、最低一ヶ月に一度はフィルター掃除はした方がいい。

かなりハウスダストを吸っている。

フィルターが目詰まりするとハウスダストを吸引する力も落ちそうで、

それだけハウスダストを吸い込んじゃいそうで気持ちが悪い。


そんな神経質が災いしてか、すぐ体調を崩す私は、昨日は夕方から微熱を出し、悪寒がして寝込んでいた。

そのくせ突然カッと熱くなり、汗をどっとかくは更年期障害の如く。

すっかりおさまったと思っていた更年期障害による自律神経の失調症状(体温調節が出来ない)が復活したか?

はたまた「痺れ」のパワーアップによるものか?

脊柱管狭窄症によるものか?

はたまた熱中症か?


今回の手術後、せっかくその前に綺麗に治した筈の左奥下奥歯も痛いし、

おまけに寝ている間か、左頬内側を噛んじゃったみたいで、そこが口内炎になりかかっている様子。

掃除をするパワーはあっても、病院へ行くパワーは無し・・・好きか嫌いかによるものだろう。病院は嫌いだ。


汗だくになりながら掃除し、「これだけ汗かいたならば、かなり体重も減ったことだろう」は期待はずれ。


Amazonプライムビデオで、過去観た映画の中で何度観ても癒される好きな映画をBGM代わりに流していた。

『しあわせのパン』

『ぶどうの涙』

『西の魔女が死んだ』

何度も観ているいる映画なので、音声とたまにチラッと画像を見るだけで、頭の中で勝手に再生されているから、掃除中でも邪魔にはならない。


昨日は、ソプラノサックスをYAMAHAにしたことから、

その前のティアラと違って低音も安定して出ることから、久々にジャズを吹いた。

高音はティアラの方が繊細で美しかった気がする。

安定した音は出るけれど、やっぱりYAMAHAの音で、少々もの足りないというかつまらない・・・単純に私の好みによるもの。

しかしジャズは吹いていて楽しかった。

ただ、体調が思わしくないところを吹いたので、途中からかなり具合が悪くなった。

まぁそれでその後寝込む羽目になった訳だが137.png


今日はサックスを吹くのはやめといた。

左手の痺れが今日はちょっとひどかったのもある。

細々と長く楽しむ為には、そこそこ辛抱も必要。

レッスンも師に再び受けられることにはなったけれど、この暑さが落ち着いてからにしよう。

スタジオに着いた時には熱中症、ではかなわない。


そういえば、親友のみっちゃんが亡くなる前の年の夏、

私と彼女は平日毎朝ウォーキングを1時間ほどするのを習慣としていたのだけれど、

あの夏も暑くって、朝といっても30℃以上あった。

まだ熱中症が騒がれていなかった頃で、その対策などもまだ知識がなく、途中水分補給することなく歩いた。

帰宅後、みっちゃんから「高熱が出た」とメールが来た。

「熱中症」なんて頭の片隅にもなく、「夏風邪かな?さっきまで元気だったのにね。」な〜んて言っていた。

しかし、翌日あまりに様子が変だとのことで、彼女は病院へ行ったところ、「末期の熱中症。死ぬとこだった。」とかで2週間入院する羽目となった。

2004年の8月だ。


それから数年後には、熱中症での死者が多く、テレビでもラジオでもかなり注意喚起されるようになった。

それでも今年はかなりの人数が熱中症で病院に搬送されているそうだし、死者も出ている。


「日射病になるといけないから、麦わら帽子かぶっていきなさい。」と外出する子供にお母さんが声掛けしていた昭和の夏が懐かしい。

麦わら帽子が飛んでいかないように、首にかけるゴムがうっとおしくて、麦わら帽子をかぶるのが嫌だったのを記憶している。

エアコンなんて一般家庭にはない時代だったけど、

扇風機の風にあたりながら、サマーベッドに横たわって読書するのが好きな夏だった。

友達とのプール帰りが、涼しくて肌が気持ち良かった夏だった。

汗だくになりながらも、虫取り網でセミを追っていた夏だった。

日中外で遊ぶのが命がけの今の子供が気の毒な気がするけれど、今の子供は昔を知らないから、それはそれで、今は今で幸せなのかもしれない。

ついつい昭和のおばさんは、ポケモンゴー(もう古いか?)をするスマホより、あの虫取り網を子供に持たせてやりたい。


もうすぎ2歳になる我が孫は、どんな夏を過ごしていることだろう?

健康ならば、市民プールに連れてって、一緒に遊んでやりたいおばあちゃんです・・・おばあちゃん用の水着が必要ですが163.png




# by sizhimi | 2017-07-25 17:16


頚椎後縦靱帯骨化症、腰椎4、5番は変性すべり症によりチタンボルトで固定手術済み、右脚人工股関節、腰椎椎間板ヘルニア手術済み、腰椎2、3番変性すべり症&両手親指付け根変形性関節症温存療法中とあまりの疾患の多さに自分でも忘れ、あきれている整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


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