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頚椎後縦靱帯骨化症の進行

今日はこちらは晴れ。時々雲もかげるかな?って程度、とにかく暑いらしい。


昨日は、F整形外科での退院後初の担当医の診察とリハビリがあった。


最悪な気分。


理由は、首の頚椎後縦靭帯骨化症(OPLL。指定難病69)が進行(成長)し、骨化部分が大きくなった為

両腕・・・右腕は二の腕部分がひどく痛く、左腕は全体の脱力感と痛み、いつもの親指の付け根の痛み・・・

そして左手の指が全部動きが良くない・・・すんなり動かない

首も相変わらず痛く・・・2006年3月末からだから慣れたと言えば慣れた・・・湿布が入浴中以外は外せない。

腰から下も不自由なのに・・・これも首の骨化症のせい?・・・、腕まで不自由になってはなかなか面倒だ。

急にまた進行した・・・いや、していたのに、私自身慣れ過ぎていて気がつかなかった?。

ブログ更新も時間がかかってしょうがない・・・もともとがパソコン派で、ブラインドタッチで指がキーの場所を覚えているので、

正直、何処にどのキーがあるのか、脳は覚えちゃいない、指頼り

それどころの話じゃないけど148.png。・・・スマホ更新にもっと慣れた方がいいんだろう。


ここらじゃ手術できるのは千葉大のみだそう・・・原因不明で治療法がないので、悪化したら手術対応しかないらしい。

骨化が大きくなった部分を削るだけで、骨化を治す手術ではない。骨化した部分がまた成長して大きくなればまた削るの繰り返ししか現代では対応できない。

夫は東京は九段下の病院を探してくれて、「いざとなったらそこに連れていく。」と言っているけれど、

どちらの病院も、こんな体で一人では通院できない。

まだ会社勤めの夫に、常に介助してもらう訳にもいかない・・・だいたい、そういった病院は外来診察は午前中のみで、通勤通学ラッシュの電車やバスに乗らねばならず、

先日もここで書いたけれど、優先席の前に杖をついて立っていても、健常者が気づかぬふりをして座っている・・・寝てるふりとか、おしゃべりに夢中になっていて気づかないふりとか、時にスマホゲームに夢中で下しか見ておらず本当に気づかない。

私、転倒したら、首の骨をおるリスクが普通の人より高いんですけど148.png・・・そんな事、他人は知ったこっちゃない。


何よりもう手術はしたくない!!133.png145.png143.png


なんか、自分の病気を軽く考えていた。

下手に知りたくなかったので、調べなかった。

さすがにネットで調べたら、今後の自分が見えて、すっごく嫌な気分。


そういえば、長年抱えていた頚椎ヘルニアが、「骨化してるから手に負えない。」と前に通っていた整形外科クリニックで告知された時、

ショックで泣いたし、当時の気持ちもこのブログに綴った記憶がある・・・3〜4年前だったかと思う。

あの時には、自分の病気のことを調べなかった・・・調べられなかった・・・気分的に・・・ごく最近まで調べる気分になれなかった。

夫も、子供達も誰一人として調べなかった。

夫はまだ社畜で忙しかった頃だし、

何より、私自身を含めて、家族の誰もが、私が病気をすることに慣れ過ぎてしまっていた。

もう皆うんざりしていた。

ただ重たいだけで、誰もが重たいことから顔を背けていた。


首のことだって、医師はうるさく注意していたのに、私は言うことを聞かないだらしのない患者だった。


頚椎ヘルニアの症状が発症してからこの11年余りの間に、ヘルニアは次々と増えて4箇所になっていた。

当時通っていた整形外科クリニックは自身のとこに手術室はない温存療法主義。

「まだ手術する段階ではない。」と医師が言っている間に、それらのヘルニアが骨化しだした。

骨化しだしたら、もう遅かった。

難病なので、そこらの病院で対応できるものではないし、治療法もない。

湿布(ロキソニン湿布。ボルタレン湿布は陽に当たるとかぶれます。)で痛みに対応するのみ。

何故ヘルニアのうちに手術してくれる病院に紹介状を書いてくれなかった?・・・今更後悔しても責めてもしょうがない。

私自身がもう手術を拒否する気持ちがあったので、積極的ではなかった。

私自身が目の前の現実から目を背けていた。


a0152078_12183294.jpg
もうアルトサックスは吹けないだろう。

当初はそれがショックだったけれど、今日は今後のことを考えると怖い

動きづらくなってしまった指で、こうやってパソコンを打ちながら、

「あんなに早く打てたのに。耳で聞くと同時にその言葉を打てるだけの指だったのに。」

誤字が多くなっていたのを自分でも知っていたし、気づくと後から直していたし、

何より打ちづらいという内容でここにも過去に書いてある。


私はあきらめてばかりいた。

戦うことを嫌い、逃げていた・・・もうそういう癖みたいなものだ、きっと。

戦うべきだったのかもしれないけれど、傷つきたくなかった。


なんだかんだと、「あっちが痛い、こっちが痛い」と言いながら、結構元気に長生きすると思い込んでいた。

かつて、2005年に末期の卵巣癌で亡くなった、毎日一緒に「目指せ健康!目指せナイスバディ!」とウォーキングしていた親友と、

「80過ぎた婆さんになっても、私たちは押し車押しながら一緒に歩いてるんだろうね。」と笑って語っていた頃、

自分たちはずっ〜と健康いられると思い込んでいた

死はまだどこか他人事だったし、

寝たきりになるのも、冗談では口にしていたけど、それも他人事だったから笑っていられた。

他人事なんかじゃなかった。


夫が直腸癌で手術入院した頃、本人はもちろんショックでキツかったと思うけれど、

妻である私も、まだ学生の子供を3人抱えて不安と恐怖でいっぱいだった。

それでも頑張らねばならなかった。

その気持ちが、身をもって体験し、よくわかっているからこそ、

同じ気持ちを夫にさせていると思うと、泣くことは出来なかった。

ついつい明るく振る舞っちゃうし、家事も夫の手を患うことなく自身でやれるよう工夫している。

担当のケアマネさんと介護用品の事業所が助けてくれる筈。

まぁ、明日、市の介護課に人が介護度を測りに調査にくるので、

その結果「要支援」以上が出た場合に限る。


国も自治体も金がないから、F市には高い市民税を取られ続けているばかりで、その金もどこに消えているのか?・・・道路一つ改善されない。

他の自治体に比べると介護保険の申請は通りやすいという噂は耳にするし、

私の病名が病名(腰部脊柱管狭窄症。2度の手術済み)だから何かしらは得られる筈ではあるけれど、

出るまでは不安だし、

出たら出たで、自分が抱えている現実を直視せねばならず、気持ちよいものではない。

こんなことからは、弱虫の私は、逃げ続けていられるものなら最期まで逃げ続けていたい。


それに・・・

2本の愛するアルトサックスを「もう吹かない」と決心して売ってしまった方が潔く(いさぎよく)あきらめもつくものだと思うのだけれど、

全然潔くなれない私である





by sizhimi | 2017-06-19 11:03

居心地のよい自分でいたい

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 今日は穏やかな、風のない晴れの日で、布団干しにもいい。

昨日ほどの日差しの強さはない模様だけれど、うっすらした白みがかった青の空も悪くはない。


前回ブログ更新してから、久々に日が空いてしまった。

結局前回、歯の痛みに耐え切れずに午後一で歯医者に行った。

電動自転車が大いに活躍してくれた。


一部何かしら問題があるくらいだろうとタカをくくっていたが、

銀歯の中が全部虫歯になっているし、それ以外にも小さな虫歯だらけだから、治療にはかなり時間がかかるとの医師の説明にショックを受ける。

銀歯は、小学生の時に治療し、かぶせたもの・・・かれこれ45年前。

前歯上下は無事だけれど、永久歯になったばかりの奥歯を全部、小学生の私はダメにした。

以後はさすがに反省し、歯はよく磨くようになり、なんとか前歯上下は死守して、この歳に至る。


当時は、虫歯の治療跡は、銀(金持ちは金)をつめるものだった。

いつのまにか白い治療法に変わったらしく、娘の歯は虫歯になったものも全部白い。

3人の子供達を歯医者に連れて行ったのは私だけれど、白くなってるなんて知らなかった・・・虫歯の治療跡は銀歯になるものだと思い込んでいた。


45年ぶりにそれらの銀を外し、中の虫歯を治療し、白い歯に変えることになった。

数が多いだけにかなり大変だ002.gif


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腰はちょっとそこらまでなら歩いて行けるまで回復した。

で、少しずつ相変わらずアルトサックスを吹いていたのだけれど、

ひどい腰痛の後で、体力も気力もかなり落ちたようで、すぐ疲れる。

無理はせず、疲れるとこたつに横になって読書して休んだりして、

少しずつまた体力を取り戻して、以前の生活に戻していく予定だった。


しかし、先日の土曜日、20分ほど吹いたらひどく疲れ、1時間ほど休み、再び1時間ほどアルトサックスを吹いた後、

左腕がひどく痛重くなった。

「すぐ治るだろう」と、夫と共に近所に買い物へ行った。

外は暗くなり冷えてはいたけれど、私にはちょうどよい冷え具合で、気分転換になると思っていた。

ところがどっこい、左腕の痛みがどんどん増す。

あまりの痛さに泣きだしそうなくらいで、時に電気が走るように激痛が走る。

急いで帰宅し、そのまま私は激痛でダウン。

首から肩甲骨を通して左腕が激痛でのたうちまわる始末。

何も出来ず、ただ布団に横になって痛みに耐えるのみ・・・痛み止め薬なんか効きゃしない。

翌日曜日は、激痛は去ったけれど、痛重さは残り、また激痛の余韻と激痛による疲労でダウン。

月曜日、夫が病院に連れていくと言ってくれたけれど、

もう手術するか、手術を拒否するならば痛み止め薬が出るだけの話で、

私はまだ首の手術をする決断が出来ていない。


手術するとなれば、詳細な手術計画が立てられ、そのための検査が行われるのだけれど、今の見立てでも最低3箇所は固定せねばならないとの話は聞いている。

首を最低3箇所でも固定すれば、どういう姿になるのか、以前検査入院中に手術済みの女性を見たことがあるけれど、

首が上下にも横にも曲がらず、一方方向を向いている姿はロボットのようで不自然だった。

そしてその姿に私はひどくショックを受けた。

実際、首が曲がらない状態になると、日常生活にかなりの支障が出ることも医師からとうの昔に聞いている。

またリスクも高い。

腰もやられてるし、脊髄で、使える関節が少なくなるということは、その少ない関節への負担が増加するということで、

その負担に耐え切れず、故障する確率が高くなる。

脊髄なので、ひどくすれば、動けない体にだってなる。

過去にも何度もここに書いたけれど、

できるだけ「その日」を先延ばしにするのが、今とれる最も賢明な処置。


ならば、ちゃんと医師の指示通り、寝る時はネックカラーをすべきだし、

アルトサックスもやめた方が安全だ・・・首への負担は進行を進めるだけなのだから。

a0152078_12523503.jpg

おととい月曜日は、リハビリ的に家事と読書だけにしといた。

でも、なんか虚しい。

なんか、自分が居心地悪い。

楽しかった日々がモノクロになってしまう。


昨日火曜日から、アルトサックスを吹き出した。

そりゃ疲れる。

でも楽しい。

意欲が湧いてくる。

合間にする家事も色付き出す。

やっぱり私は吹きたい、と思う。

疲れて夕寝してしまい、夫が帰宅直前の目が覚めてバタバタしたけど、

多分私の表情が明るかったのだと思う。

夫は喜んでくれた。

a0152078_12533851.jpg

師に次のレッスンの予約のメールを入れたら、「連絡待ってましたよ」と返事がきた。

嬉しかった。

社交辞令の言葉だったのかもしれないけれど、

私は信じたかった・・・私が必ず這い上がって再び吹き出す日がくると信じて待っていてくれたと。

夫も、師も、こちらが10の返事を期待しても、1か2しか返してこない人で、たまに腹がたつこともあるけれど、

多分私のことをよくわかっているのか、こんな私にちょうどいいバランスの人なのか、

その距離感が後から思うと居心地がいい。


夫に関して言えば、30年以上の付き合いだから、私の性格がよくわかってのことだろう。

師に関して言えば、多くの生徒さんをみてきた長年の経験からきているスキルだろう。

ある意味、どちらもプロで、そのプロの技に感心する。


a0152078_12555281.jpg
では、休憩終わり。

今日は歯医者の予約が夕方入っているので、その前にアルトサックスを吹きたいし、やるべき事もやっとかねばならないしね079.gif







by sizhimi | 2017-01-18 12:56

左手が痺れてます

今日も快晴なり、の2016年(平成28年)12月3日(土)。


ここのとこ頭が重かったり、頭痛がしたりしていて、

昨日は頭痛がかなりひどかった。

ロキソニンでとりあえずおさまったのだけれど、今日は朝から左手がピリピリと痺れている。

首から左肩にかけて、手首からピリピリ痺れ感はひどくなっている。

以前もこういうことはあった。

5年前、丸一ヶ月、左腕に力が入らず、日常生活にも困ったことがある。

当時通っていた整形外科で首のMRIをとって、頚椎ヘルニアは4箇所あるけれど、経過観察となった。

まぁこの病院はいつも経過観察で、薬ばかり多量に出すとこだった。

リハビリはなんか今思えば「名ばかり」だった。

そのくせ3、4時間は診察の順番待ちは普通だった。

その経過観察で、ずいぶん生活に不便した結果、他の病院で「末期」と診断され、「リハビリではどうにもならない状態」ということで右股関節を人工股関節に置換した。

手術日まで1月半は待たねばならず、右大腿骨は空洞になってるし、骨盤にはぽっかり穴が空いてるしで、こちらは痛い上に冷や冷やだった。

と、愚痴は置いといて、

娘には「すぐ病院行け!」と言われ、

「え〜、めんどくさ〜い。何日か続くようなら行くよ〜。」と私は言っている、今である025.gif

第一、この春、右足膝から下がこのピリピリ痺れ感がひどくて歩きづらく(腰椎第2、3の腰椎変性すべり症による)、処方薬が変わっている。

その薬のおかげでピリピリ痺れ感はなくなり歩けるようになった。

手にも効くと思うんだけどなぁ〜?(。゜)(゜。)? ハテ?


新しいことにチャレンジしてみようか?とあれこれ目星をつけてネットで調べてたんだけど、

手がこれじゃあなぁ〜008.gif


まっ、いっか003.gif


パソコンで、ブラインドタッチの私は、キーの場所は指が覚えているので、

片手打ちだと目で文字を探さねば打てず、一文字打つにも時間がかかる故、

左手が痺れている状態では文章はなかなか打ちづらい。

で、今日の更新はこれで終わろう。

気が向いたら、「追記」しよう。

では( ^_^)/~~~バイバーイ!


by sizhimi | 2016-12-03 09:50


頚椎後縦靱帯骨化症、腰椎4、5番は変性すべり症によりチタンボルトで固定手術済み、右脚人工股関節、腰椎椎間板ヘルニア手術済み、腰椎2、3番変性すべり症&両手親指付け根変形性関節症温存療法中とあまりの疾患の多さに自分でも忘れ、あきれている整形外科と縁が切れそうもない50代主婦の徒然日記。


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