基準は低く、自分には甘く
2016年 01月 28日
その暖かさも昨日今日で終わり、明日からは再び寒くなり、ここら辺は雨の予報。
関東でも内陸の方はしっかり雪になるそうな。
雪には慣れていない関東地方、例年騒ぎになるけれど、事故だけはなきよう願う。
今日は左腕が妙に痛重い。
熱があるとか、体が重いとか、腰痛がひどいとかならダラダラゴロゴロしてるよい言い訳になるけれど、
首の疾患からくるとはいえ、左腕では言い訳としては弱い(⌒o⌒;A
そういえば、私から見たら十分過ぎるほどアクティブに活動しているのに、
疲れて長時間昼寝をしてしまうことでいつも自分を責めている同世代の女性のブログに行き当たったことがある。
どうしてそんなに自分に厳しいのか不思議であった。
50代にもなって、10〜30代の頃のように動ける筈もない。
還暦までカウントダウンだ。
大抵の50代が、子育てもひと段落し、社会的地位だって安定し、自分というものも出来上がっちゃってる。
老後に備えての準備に本格的にとりかかる時期だし、
自分自身がいかに楽しく過ごせるか、そちらに重きを置いて許される年代に突入したと私は思っている。
癌や心筋梗塞などで知人でも亡くなる人を何人か送り、
生きている今の自分の人生を大切に、楽しまねば申し訳ないし、もったいない・・・そんなことを痛感する時期だ。
余程身近な人が頑張り屋さんで、それと自分を比べてしまうのだろうか?
自分の中の基準をう〜んと下げてしまえば、ダラダラゴロゴロしているのが普通だし、
たまにアクティブに動いた日なんぞは「今日の私、すっごく頑張ったヾ(@゚▽゚@)ノ」と自分を褒めてやれる。
基準を「3年寝太郎」にしてしまえばいいだけなのに、と思うのだが、
そういう人は、睡眠時間平均3〜4時間でアクティブに働く若き働き盛りの実業家と自分を比べてしまうものらしい。
私は幸い働き者だった実母は早くに亡くなって50代を迎えてないし、実父が自分にめちゃ甘い「酒、女、ギャンブル」のろくでなしだったおかげで、基準が低くて助かっている。
あの実父よりは私はず〜っとまともだし、
夫なんか神様に近い。
それを思うと、親ってすご過ぎない方がいいのかもしれない。
ろくでなしだった実父は、自分がろくでなしだったことを自覚しているから、今は「子供たちに迷惑をかけない!」で頑張っている。
人生を楽しむこともしっかり身についている人なので、私と違って社交性も高く、歌を歌って老人ホームを仲間と共にボランティアで慰問にまわっているのだけれど、どうもホームのシニア女性達のアイドルとなっているらしい。
そんな父は、やもめ生活も30年過ぎたけれど、まだまだ母のもとに逝きそうにないし、逝く気もない。
子供としては有難い。
これで鬱状態にでもなられていたら心配でしょうがないし、重くてしょうがない。
出来る限り、逝く直前まで人生を謳歌していただきたい。
それが何よりの子孝行だし、罪の償いになる。
私も父のように「勝手に人生楽しんでるから、ほっといても大丈夫」と子供たちに安心してもらえる母親でありたい・・・を言い分に、
こたつに下半身を入れたまま、手足を伸ばして大の字になろう。
いざという時の為に、力を蓄えているのさ(^.^; オホホホ...
ちなみに、最近ほんと写真を撮っていない。
もっと上手になるように、「勉強」にと色んな人の写真ブログを徘徊した結果、
余計に撮れなくなってしまった(~_~;
別に他人の作品と自分のを比べる必要なんてない。
もっと気軽に写真を撮ることを楽しめばいい。別にプロになろうって訳じゃあないんだから。
でもねぇ〜、運動会でも徒競走で毎年ビリだと、運動会自体が楽しいイベントではなくなってしまうように、
「上の人」達ばかりを見ているとつい「頑張る意欲」も薄れるものだ。
同程度の人を探して、とりあえず低レベルの傷の舐め合いでもしとこうか。
しかし見るには、やはり高レベルのものが面白い。
同レベルの写真を見るくらいなら、自分のを見ていれば済む。
難しいなぁ〜。
まぁ、多趣味だし、ここで写真まで頑張りだしたら、ダラダラゴロゴロしている時間が減ってしまって悲しいから、そこそこに・・・。
たまに、気が向いた時に頑張って「今日の私はすごい( ^ ≧^)ハナタカダカ!」と自画自賛しておこう。
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